ひとりのままか、ふたりになるか

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椎木さんが畳の上であぐらをかきながら本を読んでいる。メガネもかけて、本気モードだ。 慎二は、楽屋の隅でスマホをいじっている。俺が側に立っても、気にもとめない様子だ。 「慎二」 「お、勇気。どうした?」 こてんと首をかしげた。 あざといったらありゃしない。 「ちょっといい?」 「おお。珍しいこともあんだな」 「慎二のこと、好きなんだ」 慎二は一瞬で困ったような顔をした。 「あなたを恋人にさせてください」 「恋人……?」 あぁ、俺は今悪いことをしている。 ドラマで例えるならば一番の山場であり、今後の二人の関係性が決まるシーン。 ライバルの登場。 いや、俺がライバルなんて、おこがましいけれど。 椎木さんの方をちらりと盗み見る。椎木さんは驚いたように俺の顔を見たものの、目があったら、分かりやすく反らされた。 「勇気、悪いことは言わない。やめておいた方がいい」 「悪いことじゃんか。付き合う気はないって、嫌ってはっきり言ってくれたほうが楽だった」 「いや、うーん。お前がどうのとか、同性愛がどうとかそういうんじゃなくて、だな」 慎二は一瞬、黒目を端に転がして椎木さんを見た。慎二が、俺を見つめ直す前に、俺は椎木さんの方へできる限り挑戦的に向かっていった。 そして、できるだけ、挑戦的に見下ろした。 俯いて俺が来たのを気づかないふりなんかしてる、椎木さんを。 「なんで泣きそうなんですか」 極めて冷静を努めて問うたつもりだったけど、語尾が少しだけ掠れてしまった。自分に演技の仕事が来ても思うような結果は出せなさそうだ。 椎木さんはハッとしたように俺を見上げた。完全に目があったけれど、すぐに逸らされてしまった。そして椎木さんは、なんでもないよ、と呟いた。 なんてか細い声なんだろう。 「慎二は椎木さんの恋人(ひと)ではないですよね」 「そう、だね」 椎木さんの視線が俺をすり抜けて、慎二へ注がれているのが見なくても分かった。 痛みを感じたような気がした。 「でも、でもね。俺には慎二しかいないんだよ。慎二しか、いないから」 この人の上目遣いは本当にいじらしい。『しかいない』を言われて、喜ばない人間はいないだろう。 「付き合いたいかなんて、考えたこともなかった。でも、だけど」 でも、だけど。 そのあとに続く言葉がどんなに慎二を喜ばせるのだろうか。 「でも、慎二が僕の側に居続けてくれるなら、それ以上に幸せなことはないって、思う。恋人がずっと一緒にいられる手段になりうるなら、それでもいい。いや、それがいいなって。……あ、勇気は慎二のこと……」 思い出したように言われて、焦った。 すっかり設定を忘れていた。 そんなこと言われちゃったら諦めますよと、あっさり引き下がった。なにがしたかったんだ。俺。 「ごめん、勇気、ごめん」 「椎木さん、そんなに謝り倒さなくても大丈夫ですよ、たぶん」 「慎二は入ってこなくていいってば。顔をあわせられない段階だからまだ」 「はは。なんですか段階って」 元から狭い楽屋が一際狭くなった気がした。今、二人は二人きりの世界に入っていってしまった。椎木さんは恥ずかしそうに分かるでしょ! と大きな声で慎二に詰め寄っている。牽制する慎二の口角がみるみるあがる。 酷く空しくなってしまった。 見なきゃよかった。 そもそも、 二人のせかい に踏み入れようとなんて、しなきゃよかった。 「俺のこと、そんなに好きでいてくれたんですね」 「……うん」 「そっかあ。そうか。……ああ、泣きそ」 「泣いてみてよ」 「いや、家でいっぱい泣きます。今日のバラエティー967(くるな)さんいるじゃないですか。腫れた目で出て行ったら、めちゃめちゃいじられますよ」 「それでも堪えきれなかったら、なんて誤魔化す?」 「椎木さんに言葉の暴力受けました」 「なにそれ別問題が発生するじゃん! ダメダメ、もっといいのないの?」 「椎木さんに……」 「俺から離れて!」 視聴者に戻った俺は、腰が抜けたようにソファへ座った。そして、お茶菓子の中に、昨日食べ損ねたのを見つけ、咀嚼し、口に広がる前に飲み込んだ。 喉が焼けるように甘い。 これが昨日、片方が食べた味。 「いいなぁ」 あまりに幼い声だった。情けない声だった。でもそれすらも彼らには、聞こえていないのだろうな。
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