満たせぬ臓器に私は透明な薬を注ぐ

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満たせぬ臓器に私は透明な薬を注ぐ

「あなたのお母さんは膵臓がんです」 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。 すでにがん細胞は肝臓に転移しており、ステージは最も病状が進んでいるとされるⅣbであると、医者は淡々と説明した。最後に、余命は半年程である、と。 どこからだろう、私の、そして母の人生が狂い出したのは。 私が幼い頃、母は離婚し、私を一人で育てていく決断をした。私に父親の記憶はほとんどないが、ある程度の社会的地位を有する人間であったようで、莫大な養育費だけを残し、母の元から去っていたと母から聞いている。 母と子、二人の生活であったがそれなりに幸せに暮らしてきた。12年前に私は結婚し、今では二人の子供を育てている。私もついに母になったのだ。母の背中だけをみて育った私は結婚の時、出産の時に決めたことがあった。離婚はしない。子に辛い思いをさせない。 「あなたのお母さんは若年性認知症です」 恐らく母の人生の起点となったのは、3年前に医者がこう告げた時からだろう。当時は別々の家に暮らしていたのだが、母の住むマンションに訪れた時、インターホン越しに「あなたは誰?」と聞かれた。なんの冗談かと思い、合鍵で部屋に入ると、母は奇声をあげ、花瓶を私に投げつけてきた。その時に負った傷跡は消えたが、心に残った歪みはいまだ色褪せていない。 その日から子育てと介護をなんとか両立してきたのに、今度は膵臓がん。母が慢性的な腹痛と腰痛を訴えたため、薬をもらおうと病院に来ただけなのに、医師に勧められるがままに精密検査をした結果、膵臓がんと告げられた。私と母が何か悪いことをしただろうか、神様は私たちに厳しすぎる。 ※
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