逢魔時にあなたを

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 逢魔時(おうまがとき)。昼と夜の境目。この世に人ならざる者が跋扈(ばっこ)し始める1日の中で最も危険な夜の始まり。  誰も外に出歩かない刻に1人の少女は誰もいない町をさまよう。たった一人を探して・・・・。 #################### 「は~。今日も会えなかった。」  白み始めた空を見上げながら少女は無感情に呟いた。    帰らなきゃ。またご飯抜きにされちゃう。  空がだんだん暁色になるさまをしばらくの間眺めていた少女は、急いでかけていった。 「すて! まだこんなことも終わってないのかい! いつも言ってるだろう。あたしらが朝の務めを終える前に掃除とあたしらの分の朝食を作っておけと!」  朝。太陽が完全に顔を出した残暑の残る秋(8月頃)の蒸し暑い日の卯の刻半ば(5時半頃)、ある広い屋敷にパンッっと乾いた音と女の怒鳴り声が響いた。 「申し訳ございません。」  すてと呼ばれた少女は頭を下げ謝罪の意を示した。だが、その声と顔には何の感情も見受けられなかった。ただ淡々としていた。そのことが女の癇に障った。 「まったく。御屋形様はなんでこんな出来損ないを置いてるのかね~。」 「そんなことただの女中でしかないうちらにわかるはずないじゃないか。」 「まっ、ただで動かせる小間使いができたと思えばいいんじゃないかい?」 「そうね。この子も捨てられてたところを御屋形様とあたしらが拾ってやったんだ。喜んで何でもするしね~。」  周りにいた女中も少女を怒鳴りつけた女と一緒になって、口々に言って去っていった。少女は女たちが去っていったのを確認して頭を上げ、血のにじんだ口元を拭った。そして黙々と割り当てられた仕事に戻った。  今は平安時代だと人は言う。『平安』・・・・・・。ふんっ。笑わせる。  少女は普段変わらない口元に諦めたような笑みを浮かべた。  何が平安だ。平安なのは貴族だけじゃないか。本当にこの世が平安だったなら私は・・・・・。  そこまで考えて思考を止めた。これ以上何を思っても詮無いことだ。それより今は与えられた仕事を急いで終えなければならない。じゃないと夜は何も食べられなくなる。  周りからすてと呼ばれている私は、この屋敷で働き始める以前の記憶を持たない。この屋敷の女中たちが勝手に呼んでいるだけであって、本当の名ではない。名前も、家族も、自分が誰であるかさえ分からないのだ。  そんな私が覚えているのは、大きな白い獣から青年に姿を変えるきれいな人の後ろ姿だけだった。女中たちは屋敷の外で雪に埋もれていた少女を、この屋敷の御屋形様が拾ったと言っていた。状況からして捨てられたのだろうとも・・・・。  少女は首から下げている碧の勾玉を服の上から握りしめた。これは少女が唯一身に着けていたものだ。不思議なことに、これはほかの人には見えないようで、奪われたり壊されたりすることはなかった。 「すて、これも頼むよ。」  やっと仕事が終わり少し休憩しようとした少女の目の前に、バサバサと洗濯物が置かれた。 「これは私の仕事ではないはずですが。」  少女が表情を変えずに洗濯物を持ってきた女中に聞くと、 「卑しい分際で口答えするんじゃないよ! これが終わったら庭の掃き掃除をしておくれ。落ち葉一つでも残っていたらただじゃおかないからね。」  少女をきっとにらんだ女中は怒鳴りつけてどこかへ行ってしまった。おそらく町にでも遊びに行ったのだろう。今日は市が開かれるとみんなはしゃいでいたから・・・。  は~。と少女は溜息をついた。  洗濯物はいつものことだけど、庭掃除か。今が冬の始め(10月頃)でなくてよかったと喜ぶべきなのかな。あの時期は落ち葉がすごいから・・・。  少女は無駄に広い庭を見渡してまた溜息をついた。  申の刻の終わりごろ(5時頃)、やっと仕事が終わった少女は急いで厨房に向かった。ぐずぐずしていると、やっと仕事を終わらせたのに別の仕事を押し付けられるからだ。  急がないと。ご飯が無くなっちゃう。  厨房についた時、ちょうど使用人用のご飯をよそっているところだった。 「仕事終わりました。夕飯ください。」 「ほらよ。残りはあれの中から見つけな。」  料理人は少女の姿を見ると、いやそうな顔をしながら釜の底にある焦げた米を渡した。そして生ごみ入れを指して言った後、仕事に戻ってしまった。いつものことなので少女は気にしなかった。  この屋敷に来てからまともな食事をとったのは、最初の2,3日ぐらいだ。それからは大体こんな感じだ。だからだろうか。もうすぐ16になるであろう少女の体は、ひどく痩せ、小さくとても幼く見えてしまう。  少女は焦げた米で握り飯を作り、生ごみ入れの中から食べられそうな野菜などを探し出して馬屋に向かった。最初は彼女にも他の女中達と一緒の大部屋が与えられていた。だが、働き始めてすぐそこから追い出されてしまい、それ以来馬屋で寝起きをしているのだ。  少女は馬屋で夕飯を食べた後、逢魔時になるのを待ってこっそりと屋敷を出た。  少女には確信があった。自分の記憶にある青年が人ならざる存在だという。そしてその青年のことを思うと、胸のあたりが温かくなる。きっとこれが愛おしいという感情なのだろうか。少女は思った。  だからこそ少女は逢魔時に外に出る。危険な刻に。今日も明日もその先もずっと・・・・・。少女は外に出る。いつか出会う日を夢見ながら。青年の面影を探して、だれもいない町をさまよい続ける。
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