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「そう言えば今日、またいじめで自殺があったらしいな」
社会問題は、比較的ましな話題だ。私は昼間のニュースを思い出して頷いた。
「そうらしいですね。校長のコメントは、どこの学校も変わらないなって思いましたよ」
「いじめはなかった、って奴だな。どうせ後で撤回されるに決まってら」
「でしょうね」
「ふん、どうせ認める事になるのに、揃いも揃って同じ事言いやがる。俺が校長だったら、絶対にそんな悪あがきはしないね。すぱっとさ、事実を認めて、即座に謝罪して…」
私は曖昧に頷いた。「俺が…だったら」は彼の慣用句である。俺が誰それだったらこんなことしないとか、もっとこうするとか、鼻息荒く語るのだ。
「それにしても尽きないな、いじめ問題」
「最近また、よく耳にするようになりましたね。そう言えば、いじめが社会問題として初めて報道されたのは、いつ頃からでしたっけ」
「俺が学生の頃だよ。うちの学校にも、カメラが来てたから」
ちょっと得意げな顔をする。
「あったんですか? いじめが」
「ああ、クラスメートが自殺してな。遺書に加害者の実名リストがあって、何人か警察に呼ばれたよ。いや、警察じゃなかったかな? とにかく、あんまり呼ばれた数が多くて、それも普段にぎやかな連中ばかりいなくなったもんだから、教室がやけにがらんとしてな。…もし傍観や沈黙が共犯の一種だっていう論理があの頃にあったら、クラス全員が呼ばれてたかもな」
「自分も含めてって意味ですか?」
「目の当たりにはしてなかったよ。なんとなく知ってはいたけど。でもさ…」
後ろめたくもあるのだろう、言い訳めいた口調になる。私は助け舟代わりに、話題を修正した。
「カメラはいつ来たんですか」
「ああ、自殺した奴の、葬式の時さ。クラス全員が出席させられてね、委員長なんか代表して追悼文まで述べさせられてたよ。カメラがそいつに集中して、プレッシャーだったんだろうな、その後すぐ胃潰瘍か何かで入院してたっけ」
「可哀想ですね」
「そうだな。…でもそう言えば、葬式の時さ、ちょっと女って恐いなって思ったよ」
ふいに眉根をひそめて、囁き声になる。
「自殺した奴はいじめられっ子で、クラスに友達と呼べる奴なんて一人もいなかった。だから、冷たいようだが誰も悲しんじゃいなかった。そりゃ、ショックは受けたけど…」
「多感な時期だから、衝撃は大きいでしょうね」
「まあな。で、全員静かに参列してたんだ。他の弔問客の目は厳しいし、カメラもあるから肩身は狭い。なんたって、奴を自殺に追い込んだクラスの人間だからな。緊張して手と足が一緒に出たり、歩幅がわからなくなってたたらを踏んだり…。そんな中、委員長がいかにも学生らしい弔辞を述べてたら、女子の一人が泣き出したんだ。ろくに口を聞いた事もないような奴の為に」
驚きだろう? そう言いたげな眼差しを向ける。
「衝撃が大きければ、それはむしろ当たり前の反応じゃないんですか? 泣くのは何も悲しい時だけとは限りませんし、周囲の目に耐えきれなかったってことも…」
「そりゃ、そうだけど。でも驚きだったよ。女子の連中だってそいつの事さんざん馬鹿にしてたからさ、何を今更って感じでね。…だけどもっと驚いたのは、その先だったな」
酒を一口すすって、ちょっと遠い目をする。
「一人がうつむいてしゃくり上げてたら、隣の女が言うわけよ。『泣かないで』って。でも言ってるそいつの目も潤んでて、慰めてるうちに自分も泣き出したんだな。そしたら女子がどんどん群がってきて、二人を囲んで『泣かないで泣かないで』って全員で泣きだしたんだ」
思い出して吐き気を催したかのように、醜く顔を歪めた。彼の言わんとすることを察した。
「それはつまり…カメラが来てたからだと?」
「多分な。自分達は加害者じゃないってアピールしてたのか、ショックを隠しきれない可哀想な女生徒を演出してたのか…。理由は幾つでも思いつくけど、でもこれだけは確かだよ。あいつらは決して、いじめられっ子の死を悼んで泣いたわけじゃない」
そう断言して、コップを一気にあおった。意地の悪い解釈に聞こえたが、当事者ではないので出過ぎた事は言えない。
「俺が女だったら…」
と、濃い息を吐く。
「悲しくもないのに、そんなあさましい理由で泣いたりしないね。私は傍観者でした、彼の死に一任を担ってますって、胸を張って参列するさ。いや、実際に俺は堂々としたもんだったよ」
あさましいとまで卑下する程のことだろうか。それともそこまで言うだけの、別の理由があるのだろうか。
辛気臭くなったので、煙草に火をつけながら話題を変えた。
「またメジャーリーグに行く選手が出たそうですね」
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