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私は遺族らに会釈して、急いで後に続いた。
濡れた階段を降りて行く後姿。広げた赤い傘は、葬式には不似合いな鮮やかさである。
雨足は少しだけ強くなっている。
「すいません、僕は彼の飲み友達だった者ですが…」
彼女は、振り向かずにそのまま「そうですか」と横顔で答えた。堅い表情だが、もう涙をこらえている感じはしない。化粧っ気のない顔に、せわしげにハンカチを当てている。
「失礼ですけど、彼とはどういうお知り合いだったんでしょう」
無遠慮だったが、聞かずにはいられなかった。全てから逃げ回り、周囲に迷惑をかけ通しだった彼の死を、これほど悲しむ女性がいることが信じられなかったのだ。こんな人が身近にいるなら、何故あの店になど頻繁に来ていたのか。
「高校時代の…クラスメートです」
雨音にかき消されそうなくらい、小さな声。
「じゃあ、もう十五年…いや、二十年近く前から?」
「いえ、つい最近ばったり会って…本当に偶然で…」
逃げ出したげな雰囲気で、きょろきょろと通りに視線を泳がせている。その機敏な仕草は、先程までの印象と全く違う。みっともないところを見られたと、今頃になって羞恥心が疼きだしたのか。
「駅なら向こうですよ。ご一緒しましょう」
「あ、いいえ、私はその…一休みしていこうと…」
傘で顔を隠して答える。私は言った。
「喫茶店なら、駅前にありますよ。よかったら付き合わせてください」
好奇心が、強引にでも話を聞き出す気にさせていた。彼女は、明らかに断る理由を探している様子だったが、思いつかなかったのだろう、不承不承ではあるが、結局頷いた。
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