泣き女

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 私達は軽い会釈を交わして、店先で別れた。その後姿を見送って、傘越しに空を見上げる。灰色を幾重にも塗り重ねた厚い雲が、空全体を覆っていた。  誰かに泣いて欲しかった。自分の為に「可哀想だ」と涙を流して欲しかった。淋しくて、ただあまりにも淋しくて、独りで死んでいくのは耐えられなかったから。そんな言葉が、雨と共に降り注いでくる気がした。  あの女性は、生前彼の言っていた、同級生の葬式で泣き出したという例の女生徒だったのかも知れない。その様を「あさましい」と彼は批判したが、あさましいとはつまり、金で泣いたという意味なのか。孤独に死んだ息子が不憫で、女生徒に泣いて欲しいと小遣いを渡す母親。ありそうな話だ。 そのやり取りを彼が知っていたとしたら? だからあさましいと卑下し、それでいて街角で再会した時「以前もそうやって泣いたのだから」と同じことを彼女に頼んだ。全ては想像でしかないが。  私が死んだら、誰か泣いてくれるだろうか。気がつけば、彼と同じことを考えている。  若い頃、死という響きにロマンティックなものを感じていた。しかし現実に隣人の死と直面してみると、それは冷たく、惨めで、恐ろしいものだった。  私が死ねば、知人は衝撃を受けるだろう。同情してくれる者もいるかも知れない。だが泣いてくれる人間はいるのか。もし一人もいなかったとしたら、それは死よりも惨めだった。  彼女の連絡先を聞いておかなかったのは失敗だった。もし死にたくなったら、別の女を捜さなければならない。 肉体ではなく、涙を売る娼婦。泣き女が、孤独な男達には必要なのだ。  傘を閉じると、火照った頬に雨が心地よかった。そして、彼が考えたものよりましな設定を考えながら、家路についた。
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