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このままここに縛りつけておけば、この女はどうなるのだろう。天人らは女を取り返しにくるだろうか。あるいは天帝の怒りに触れ、その身を夜露へと戻されるかもしれない。
天女は水の精だ。
男の指が止まる。いつのまに掌がじっとり汗ばんでいる。気を落ち着けるように、深く息を吸い、吐いた。
構うものか。天に帰せば、きっと三度目はない。
男のためらいを見てとったのか、女の方から男を呼んだ。
「……来て。わたくしの王子様」
それは、前世のことのようにはるか遠く、懐かしい呼び名だった。はじめて出会ったときも、女はそんなふうに男を呼んだ。
あれから三十年だ。三十年のときが流れた。
視線を荒ら屋の外へと向ける。昼の獣の気配は沈み、夜の獣が目を覚ます。
とうに日は落ちた。もう引き返せない。
じっとりと身体に纏わりつく汗、重い闇。闇に浮かぶは、ぼうっと光る女の白。
そうしてその夜、男は天女を抱いた。
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