一話 ペットロス

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一話 ペットロス

〜 犬塚 視点 〜 ほんの一ヶ月前、 十三年程一緒に居た愛犬…ルーカスを失った 原因は、老衰だった  此れまで大きな病気も無く、健康的に生きていたルーカスは、 俺が仕事から帰ってくるのを待っていたかのように、静かに息を引き取った ルーカスは俺がまだ二十五歳の頃に、友人が拾った子犬だ 世話が出来無いと半ば強引に押し付けられたのだが、大学卒業後に直ぐに正社員になり 賃貸もペット可能のマンションだった為に、渋々承諾して連れて帰った シェパードのような三色の毛色をし、立ち耳だった雑種らしい中型犬のルーカス それでも、恋人も居なく相手を見つける気なんて更々無かった俺には… 恋人のようでもあり、子供であり、 そして掛け替えのないパートナーだった ルーカスが大きくなるのに合わせ、俺も三十代に入った事で、身を固めるべく 一等地の一軒家に移り住んだ ドックランとして含まれている森林は広々として、ルーカスの為に与えた場所だ 家の庭から、直接仕切りのあるドックランに行くことが出来て、ルーカスはそこで走り回るのが好きだった 犬用のシャワー付き風呂を外に設置し、小型のプールも設備してあった けれど、ルーカスが年を取るに連れてプールの水も溜めなくなり、今は放置している そして…ルーカスが居なくなった今、家はまるでもぬけの殻のよくに静かになった 犬がいるからと広い家に引っ越してきたが、一人だと広過ぎる、虚しい家 けれど、ルーカスの物を片付けるほどの気力は持ち合わせていなかった 彼奴の居ない家に帰るのも苦痛で、仕事を敢えて残業するほど寝る為に帰ってるだけに過ぎない 亡くなった日すら休めない立場に嫌気がするほど、もう少し一緒に居られたら良かったと、後悔している けれどもう…彼奴は居ないんだ 後悔しても、泣いても、仕方ないのに変えることの出来無い待ち受け画面を見る度に、涙で画面が滲む 「 あぁ……ルーカス……俺もすぐ、そっちに行くからな…… 」 「「 !!!? 」」 「 いけません!社長!!気をたしかに!! 」 「 そ、そうですよ!!社長が亡くなったら天国のルーカスくんも悲しみますよ!! 」 仕事終わりに、部下が数人気晴らしに酒を飲もうと居酒屋に連れてきたが 俺はもう、ビールを飲みながら画面を眺めてるだけで食欲を失う ルーカスと一緒に晩飯を食べたり、ジャーキーの取り合いした時を思い出すと、 居酒屋のツマミなんて喉を通らない 「 …ルーカスがいないのなら…死んでもいい 」 「 落ち着いて、いや…落ち着いてるか。次の子とか考えてないんですか? 」 「 有り得ない…この世でただ一人だけのルーカスなんだ…… 」 愛犬が亡くなった事を知ってから、他の連中も次の犬を紹介したり、俺が元々捨て犬を飼っていたのは知ってる為に、サイトなどを教えて貰うが 愛護団体で助けられた犬には、他の飼い主が全国からやって来るだろう 俺は、助けられてない捨て犬を拾う方がまだ良いと思う 「 社長の愛犬って、シェパードみたいな見た目でしたよね? 」 「 見た目だけな…… 」 こんな子だと、待ち受け画面を見せれば 女性の部下はそれを見て頷いた 「 じゃ、最近…ちょっとこの辺りで噂になってる野犬をご存知ですか? 」 「 知らないが…… 」 「 野犬がいるの?珍しいね 」 この地域に野犬は少ない というか、見掛けられないだけで居るかも知れない 現に、友人はサイクリング途中で子犬を拾ったのだからいる事は居るだろう 数匹拾った中で唯一、里親が見つからず残ったのがルーカスだったな 「 その珍しい野犬がちょっと、SNSで呟かれてて 」 最近は全部ネットだな…と、その書き込みを見ていれば、見掛けた犬の似たような特徴が書かれていた 大きい野犬が彷徨いていた! 唸られた怖!!  市役所に連絡した! 捕まるのも時間の問題かも 写真はあったが、後ろ姿だけだった為にどんな犬か検討は付かないが ふっさりとした尻尾に、毛並みがボロボロの汚らしいやせ細った犬だった 「 えっ…社長にこの犬を捕まえろとか言うの? 」 「 あはは…だめかな? 」 「 だめっていうか…成犬じゃないか。それに唸られたとかあるし、絶対…良くない…ですよね、社長…って…… 」 「 はぁ……ルーカス…… 」 保健所に捕まるのが先だろう そうしたら、成犬は永く持たないと思う だからといって、俺もまた野犬を態々捕まえたいとは思わない 犬にとって生き辛い日本で、必死に生きてるのなら…最後まで全うさせてやったほうが良いと思う 捕まって死ぬのも、そいつの運命だと思う 「 社長は…他の犬に興味無いみたいだね… 」 「 そうだね。社長…取り敢えず検索出来るURLを送るので…。気が向いたら情報見てくださいね!保健所に行ったら行ったで、見れますし 」 女性達は、沢山の子犬やら保健所にいる犬達の情報をLINEで伝えてくるが  今は、それを見る気は無かった ルーカスがいないからと、ルーカスの代わりを探す気には慣れない 「 さて…また月曜日から頑張りますかー 」 「 お疲れ様です。ご馳走様でした! 」 「 社長、ご馳走様! 」 「 嗚呼、気を付けて帰れよ 」 ビールだけ飲んで腹が膨れたような気がするまま、そこでハシゴをする女性達とは分かれ 共に来ていた男の部下とタクシーのある駅の方まで行く 呼べばいいんだが、混み合った裏路地に呼んで待つより 直接、駅に行った方が早いものだ 「 社長は、犬ではなく恋人には興味ないんですか?確か、三十八歳になりますし…結婚とか 」 「 考えてないな…。ルーカスが恋人みたいなものだったから 」 「 オスでしょ……。まぁ、ペットロスが落ち着かないと考えられませんか… 」 俺もハムスターが…なんて話してる部下の言葉を横に流しては、目の前からフラついて歩く青年の姿を見かけた このままだとぶつかると気付き、部下が歩くのを片腕で止めさせ 道を譲るように横へと移動すれば、目の前を通り過ぎる青年からは、犬特有の匂いがした 「 すみません…気をつかって…って…社長!? 」 「 君、怪我してるだろ…! 」 其れよりも片足を引き摺り、片腕を押さえてるのを見て 喧嘩でもしたのだろうかと驚いて引き止めようと、手首を掴めば青年は手を振り払い振り返った 「 俺に触んじゃねぇ!! 」 「 っ……すま、ない…… 」 まるで牙を向く野良犬のように 触れられた事に怒った青年の瞳は、俺を映すことなくまたフラついて歩き出す もう一度、声を掛けて止めるほど… そんな勇気は持ち合わせて無いが、手に付いた血を見て傷が深いと思う 「 社長!?血がっ、他人のですから洗いましょ!! 」 「 嗚呼…そうだな…… 」 本当に大丈夫だろうかと心配になるが、手を洗う方を優先した 駅にある公衆トイレで手を洗い、備え付けの洗剤で良く洗い流してからハンカチで拭く 「 あの子…ホームレスでしょうね 」 「 そう思うか? 」 「 正直、臭かったですし。服もボロボロなので…時期にしては早いダウンコート。朝夕は冷え込む外で寝るなら必要でしょ 」 「 やっぱり…そうだよな 」 ファーの着いたフード付きダウンコート あちこち汚れがつき薄汚れていたが、服自体が黒っぽい為に血は気付かなかった それでも、手首から流れ落ちていた血は随分と新しく思えた 「 下手に手を出せない辺り…野良犬と似てますよね。懐かれても困りますし 」 「 あぁ…… 」 ホームレスに手を貸して、食事を与えればまた貰えると思うだろう 協力しよう…とは言う世の中だが、 頑張って面接にも行き続ければいつか受かるものだ やる気があれば会社にでも雇ってやれる程、若い人材だったが… 牙を向くような性格なら難しいだろうと思った 何も出来ない立場だと考えていると、少しだけあの社員が教えた犬の情報でも見てみようと思った 「 ただいま…ルーカス 」 部下と分かれ、タクシーで家に帰ってくれば 暗い部屋の明かりをつけてから写真立ての並ぶリビングへと足を向ける 写真立ての前には古びた最後に使っていた首輪を置き、その横には餌箱やリードすらある 遺骨は他の場所に直し込んでいるが、その位置部なら此処にも小瓶に置いてある 一緒に写ってる写真は、部下に撮られた時のもので 残りはすべて、俺がルーカスを撮っているのしかない 子犬の頃から、成犬、そして横たわって余り動かなくなった迄のある 此処にはその中のほんの一部しか無いが… 写真立ての見える位置に座り、ただぼんやり帰りに買った酒を開け飲んでいた 「 ルーカス……新しい犬を連れて帰ったら妬くか?……なんて、まだ考えられないが…… 」 鼻先の痛くなる感覚に、深く息を付き 手に取ろうとしていたスマホを置き、ソファーに座ったまま眠りについた 夢で見るのは、いつも彼奴が尻尾を振って寄って来る時の姿だ 頬に伝う涙の跡を、朝起きて顔を洗う時に気づくのはいつもの事 散歩の時間である4時半に起きる癖が抜けないまま、スマホを手に取り 何となく、あの犬が乗っている掲示板を眺めてスライドさせる 「 休みの日だしな……。暇つぶしがてらに神社に行くか…… 」 少しは気晴らしになるだろう 寂しい家に居るよりずっとマシだと、さっさと着替えてから コンビニで犬用の缶やらジャーキーを買って、ついでに自分の飲み物を買い車で向かった
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