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四話 腹ぺこボリス
一週間後、
退院出来るとされた日に
病院に犬用のケージを持って行けば、其処には不機嫌極まりないエリザベスカラーを着けたボリスがいた
「 唸ったり咬みましたか? 」
「 唸りはしたけど、咬むことは無かったですよ。いい子でした 」
「 それなら良かった。ボリス…今日から俺の家に来る事になったが…宜しくな? 」
ぶすっと不貞腐れてる様子に苦笑いを浮かべ、ケースを開けるのと同時にケージを開けて待っていれば
軽くお尻を突っついた看護師によって、起き上がったボリスはケージの中へと移動した
大人しいのは…女性相手だからか?なんて思う
「 体力が回復次第、去勢手術は行いますね 」
「 分かりました。あ、何歳ぐらいですか? 」
「 まだ二歳ぐらいだと思います。細いですが立派な成犬ですよ 」
「 そうですか…忙しいから子犬は難しいと思ってたから安心しました。それでは… 」
「 お大事に! 」
今はもう子犬に三食与える事は出来無い
だから引き取るなら成犬ぐらいだと思ってたから丁度いい
ケージの重みを感じ、トランクに入れ車へと乗る
敢えて休みの日である土曜日に引き取らせて貰ったから、今日は多少相手は出来ると思う
「 二歳の成犬かぁ…そうか。去勢手術も近いな 」
他の犬達と遊ばせてる間に、発情してるメスがいたら困る
雄の方もしっかり去勢しないとな
ルーカスも、二歳ぐらいで去勢して大人しくなっていたからコイツもそうなるのは思う
また犬が家に来ることが楽しみで、少し一人で浮き足立っているが、トランクにいるボリスは静かだった
ケージをあのボリス用の部屋に連れて行き
扉を閉めてから奥で金具を開け、開く
「 ほら、出ていんだぞ? 」
流石にすぐには出ないか…と思うが
俺はそんなに優しくはない
隠れていたらずっと隠れる事を求めるために、早々にケージの上側を外す
「 そう不安な顔をしなくとも…。あぁ、ジャーキー食うか?ビーフの方は好きだろ? 」
ポケットに入れていたジャーキーの袋を取り出し、唸っていた野犬とは思えないぐらいビクビクしてるボリスへと、一つ取り出したジャーキーを向ける
「 ほら、食って落ち着け? 」
此方を怯えた目で見上げるボリスは、匂いを嗅ぐことなく口先でジャーキーを咥えて
見上げたまま、食べ始めた
「 ふはっ…。やっぱり食うことは食うんだな。いい子だ 」
無意識に頭を撫でれば一瞬、肩を揺らすが
そのまま唸りもせず、チラチラジャーキーと俺を見る為に仕方無く与える
「 食べたら落ち着かないか?そんな事はないか? 」
顔しか毛がなく、エリザベスカラーから下は全てツルツルに剃られてる為になんとも、迫力のない格好をしている
肋骨が見えるほどやせ細ってるのも気になる為に、一時は病院から貰った餌だろうなと思う
「 御前…頭を撫でられるのは嫌いじゃ無さそうだな?あ、嫌か… 」
調子に乗ってジャーキー渡す前に撫でようとしたら首を動かされて、嫌がられた為に
俺が撫でられるのは、ジャーキーを与えた後に食べてる間のみだと知る
何と言うか…俺は餌をくれなきゃ触らせてはくれないのか?
まぁいいか、と思い顔を向ければ此方を見上げて、口だけ動かしてる顔は笑える
「 ふっ……ボリス…。そんな困惑した顔で食わなくとも…俺はジャーキー取らないし、御前を傷付けたりはしない 」
ケージの横に座ったまま、頭を時折撫でていればジャーキーを求めようと顔を伸ばすボリスから、もう駄目だとばかりに直せば、鼻先は頬へと向けられる
「 っ…駄目だって…。食うなら、後で飯を食ってくれ 」
このジャーキー、一日何本か?と確認しながら
欲しがるようにどこで学んだか知らないが、片手を服に当て引っ張るようにはちょいちょいと触ってくる
「 っ、駄目だ………。ったく…俺も駄目だな 」
おねだりされたら敵わなくて、仕方無く一本を半分して与えてから食べてる間に離れようと立てば、年だと思う
「 いっ、…この大勢キツイな…… 」
背伸びをし、硬直した腰を軽く動かして歩き出せば、ケージの動く音に振り返る
「 ボリス……お腹空いたのか? 」
まだ痛々しい歩きをするが、それでも着いてこようとするのを見て時計を確認する
言われた時間とは早いが、欲しがるのを見てると無意識に肋を見てしまう
「 だが…獣医が言った事は守る必要があるから言われるんだ。ごめんな…後でやるから、ゆっくり休んでてくれ 」
心を鬼にしなければ、好きなときに欲しがって、上げたりすれば
それが癖になって、遠吠えしたり騒ぐ子になってしまう
それだけは避けたいために、
今だけは見ないように部屋から出ていく
ボリスの部屋から近いリビングで、ノートパソコンを開き仕事をする
最近、さっさと終えてるのはいいが期限が長いのを後回しにしていた為にそれを終わらせる必要がある
土曜日だろうとも、容赦無く社員からは電話が掛かってくるのはよくある話だ
「 あーもしもし、なんだ? 」
″ 社長、確認して欲しい書類が…手元にあると思うんですが ″
「 嗚呼…これな… 」
持って帰っていた書類の中で、言われたのを開いていれば腕時計の時間に昼頃だと思った
もう少しボリスには我慢させようかと、思いながら話していれば切な気な声は聞こえてきた
「 アゥワォォォン。アゥワォォン 」
「 ……… 」
″ 社長…なんか、動画でも観てるんですか?凄く…鳴き声が… ″
あれは、本当に犬なのだろうか?
よく、ゴハンっていう犬がいるように
今…ゴハンって聞こえた気がしたんだが
「 あ、あぁ…すまない…新しい犬を飼ってな。そいつが退院したばかりなんだ… 」
″ そうなんですか!?今度見に行ってもいいですか?? ″
「 落ち着いたらな…すまない、ちょっとご飯与えてくる 」
″ はい、行ってらっしゃい! ″
隠す必要ないか、と伝えれば何故か声が明るくなった部下に疑問に思い
取り敢えず、一旦通話を切ってから病院から渡されている餌に、犬缶を混ぜてその中に薬を入れ、皿を持っていく
「 ボリス、ご飯の時間って分かったか…って…… 」
俺はどのぐらい離れていただろうか
ほんの三時間程度、離れていただけで新聞紙は滅茶苦茶になり、ペットシーツは散乱していた
そして、一箇所だけこんもりと隠したようになってるのを見て納得はする
「 まぁ、出たならいいが…。全部、滅茶苦茶にする必要はなくないか…?仕方無いか、元野犬だもんな…… 」
匂いを隠そうとする意思は褒めてやる
放置されるよりマシだ
溜め息を吐き、上の無いゲージの中に入ったボリスの近くに皿を置いてから
綺麗な新聞紙を広げて、塊を丸めて包み込む
上手く糞が入った事に安堵し、そのままゴミ袋に入れ、新しい新聞紙を敷いていく
多分、ペットシーツは必要無いな
片付けていれば、カタカタと皿の動かす音がする為に振り返る
「 おっ、ボリス。よく餌を食べたな……って…… 」
皿を見ればちょこんと残った薬
あんなに上手く入れたはずなのに、上手く回避してることに立ち尽くす
食うかと思って缶を使い切ってしまった為に、溜息を吐く
「 缶を持ってくるか…… 」
一旦皿を持って行き、キッチンで缶を開け
スプーンに薬を突っ込み、覆い隠しながらも一口で食えるサイズまでにすれば持っていく
「 おかわりだ、ほら…食っていいぞ 」
今度は食べてくれ、どう退けるのかもしっかり見る為に皿を置けば
ボリスはエリザベスカラーを鬱陶しそうにするも、パコっと皿ごと覆い被さった後に少しして顔を上げ、口元を舐めていた
「 んん…ぬぁっ…!? 」
ちょこんと残った薬、なんでそれだけ上手く残せるのか
犬ならもっと一口で飲み干せばいいのに…
そう思いながら諦めて粉にしてから缶と混ぜればやっと食ってくれた
「 御前には…粒は駄目だな…… 」
薬を一回ごとに、スプーンなどで砕く必要があるが、それで飲んでくれるならいい
社員の通話を放置して、座り込んで縮まっているボリスを見ては、顔に触れ頬を撫でる
ペタリと下がった耳を見ると、嫌では無いんだと安堵する
「 あ、仕事が残っていた…… 」
犬と触れ合うと安心するが、仕事があった事を思い出しリビングへと戻る
通話を返すのが遅れた事に、また向こうで軽く笑われるのは仕方無い
俺は、犬が好きなんだからな
「 餌の時だけ…機嫌いいよな 」
相変わらずトイレをする度に、沢山新聞紙を丸めるが、する場所は決まってるようで他の部分を減していく
そして、夕食頃には餌を持ってくるときだけやって来るのを察したのか、目の前まで来ていた事に、嬉しいような…
嬉しくないような複雑な気分になった
なんせ、餌を持ってないと来ないんだからな
「 飼い主と認められるのは…まだまだ、時間が掛かりそうだな 」
溜め息を吐き、餌を食っている状態でも怒らない事を言うことに背中を撫でる
エリザベスカラーで顔は見えない分、好きに触れるのはいいことだな
「 薬を塗りたいんだが 」
「 グルルルル…… 」
「 静かにしてたらジャーキーやるぞ? 」
「 ………… 」
「 ジャーキーって言葉は理解したようだな 」
ジャーキーにいちいち耳をピクピク動かして反応するのは可愛いと内心思った
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