四話 腹ぺこボリス

2/3
前へ
/20ページ
次へ
〜 ボリス 視点 〜 少し前に、酔っ払いのホームレスの喧嘩のどさくさに巻き込まれて、刺されるという失態を犯した 元々、休んでる場所が近かったホームレス同士だったからいつかやるんじゃないかな?と思っていたら、本気で相手を殺す勢いで喧嘩していた 止めた俺にまでとばっちり食らって、家に帰ろうとしていたら身長の高い、リーマンにぶつかった そう、あの時は血の気が引いて思考が回らなかったが俺を後に助けた奴と同じ匂いだ 俺の先祖は古くから、狼の末裔らしい それも、日本狼ではなくシンリンオオカミの方 まぁ、生まれも育ちも日本のど田舎の山の中だったんだが… ミュージシャン目指すとかで上京したのはいいが、家賃がクソ高くて払えなくなりホームレスになった だって、1Kの部屋で五万とかだぜ? ありえねぇと何度思った… 五万なんて月々払ってたら、俺の故郷じゃ新築が買えるぞ そのぐらいの金額に中卒の俺じゃ、バイトぐらいしか出来ず 流石に、家賃が払えなくなってホームレスなんてしてたんだ 俺を野良犬なんかと勘違いしてる連中に腹立つが、薄汚いのは自覚してたから無理も無い 風呂も…動物病院で入ったきりだな そんな訳で、なぜ俺は…イッヌなんて思われてペットにされかけている 「( ふざけんなよ……。俺は必ず此処から抜け出してやる…… )」 コンビニのバイトもあるし、下手に休んでいたらクビにされる 死にかけたところを助けてくれたのは嬉しいが、 俺は狼だ…多少死にかけても寝てたら治る傷だった…多分 いや、ちょっとヤバかったかも知れないが いつ…イッヌじゃない!と言ってやろうかと タイミングを見計らっている 「 ボリス、沢山食って太れよ? 」 「( デブになるだろうが…… )」 それにこの男、俺がやせ細ってると思い込んで食わせようとするが これが人間になったときのベストな体型なんだが… スラッとした細身でいいだろう、中学生のときは良くモテたんだと思う こっちに来てホームレスになってからそんな縁はないが、いつか毛が生えろったら モテモテになってやる それになんだ、馴れ馴れしい程に頭を触ってくる 最初は嫌だったが、咬みついても撫でそうな雰囲気に諦めてきた 「 ん?そんなじっと見て、おかわりはやらんぞ? 」 それに……見た目は三十代後半に見えるし、厳つい雰囲気があるのに イッヌ相手だとこんなにも締まりの無い顔を向けるのか 「( 気持ち悪っ…… )」 男にニコニコされても嬉しくないために、毛で見えない鳥肌を立てていれば 男は両手を頬に当て、摘んだり撫で回してくる それをジトっと冷めた目を向けてる事を知らないだろう 掟として、人に狼だとバレてはいけないし 狼が人になれるともバレては駄目だ ひっそりと生きている俺の一族が、殺されてしまうかも知れないからな 狼の毛は昔から毛皮とかにいいらしいから 日本に渡ってきてる事をバレたくはない 人間らしく生きてたはずなのに…… 「( ここでの扱い、完全にイッヌ!! )」 ハフハフっと意味もなく舌を出して、尻尾を振って丸い目を向けてるような、イッヌ扱い!! ありえねぇ、マジありえねぇと思ってワシャワシャと新聞紙を引き千切っってストレス発散をする それに、普段ならトイレを使うような俺が床で新聞の上!? マジで無いわー……… こんなに屈辱、生まれて初めてだから必死に隠す 「 ん?ボリスしたのか、どれだけ出たか? 」 「( 開くんじゃねぇぇぇえ!! )」 いやーー!とムンクの叫びのような顔をしながら 開いて見られたことにパタンと倒れる 「 食べた分はよく出てるな。健康そうでよかった 」 俺はもう、お婿に行けません…… ミュージシャンになって、イケメンシンガーソングライターになろうと思う夢は遠退きました トイレ行かない系男子とは言えません 毎日のようにウ○コ見られてます 快調だからメリメリ出るんだよ…… 仕方無いだろう、虫下しなんて飲ませられてるから…… あの医者はヤブ医者だ、絶対に許すまじ… 魂が飛び掛けて身体を丸めていれば、男は入って来た 「 ボリス 」 「( 俺は……大神(おおかみ)(しゅん)ってれっきとした名前があるのに… )」 全く違う名前を付けられ、イッヌと同じように扱われてるのは腹立つが 此処は二十四時間温度管理されてるし、ご飯は三食貰えるし、おやつ付きの、昼寝オッケーだから、もうこのままでもいいかなーって思ってしまう 渾名を呼ばれ、仕方無く顔を持ち上げれば男は横に来て頭に触れる 俺をイッヌ扱いするのに、撫でる手はちょっと寂しい雰囲気がある 「 良い子だな… 」 「( そりゃ、イッヌじゃないからな… )」 フンッと鼻息を立てて撫でるのを自由にしていれば、額やら耳の後ろを上手く触る手付きにうっとりとする エリザベスカラーが邪魔だし、掻けないから丁度いい 「( なんだ、止めるのか? )」 手を止めた男を見上げれば、もう少しやれと片手で手首を触り頭を擦りよせれば もう一度撫でては軽く爪を立て掻くから心地がいい 「 ふっ…可愛いな、ボリス…… 」 「( 俺はイケメン青年なんだよ。可愛いとは無縁だが…触らせてはやるよ )」 だからしっかりと掛け、とその手を擦り寄っていれば次第に膝の上へと額を乗せ もう少し、全身を許そうと膝の上を踏んで身体を丸めれば、男は額に顔を寄せ、腕で優しく抱き締めてくる うん、こんな事なら顎だけ乗せて我慢すれば良かった 此処に来て、一日のやることは食って寝ての繰り返し 今の俺にはそれしか無くて、怪我を治す方が優先されていた 俺自身もその方が助かる為に、食べて寝てるだけで良いなんて、随分と贅沢な暮らしをさせて貰ってると思う だが、少しだけ…詰まらないと思う事もある 「 ボリス…行ってくる 」 月曜日からは、男は仕事に行く スーツへと着替える前に最後に触りに来て、部屋を簡単に片付けていくだけで 後は外が暗くなるまで帰ってこない この部屋は時間設定をしてるのか ある一定の時間になると消灯するらしく、その消灯が終わった頃に男は帰ってくる それまでが凄く暇…… 普段ならバイトやら、散歩やら色々有るのだが 今は寝る事しか無いから、逆に怠い でもこの部屋は、外から鍵が掛かってる為に出られない 「( つまんねぇ…… )」 くでんとだらし無く眠っては、帰ってくるのを只待つ、イッヌらしく 静かに御留守番をする だからか…嫌でも、部屋に入って来る音に反応してしまう 「( やっと帰ってきた )」 玄関の開く音が聞こえ、荷物やら置いてから恐らく来るんだろうと… 欠伸をし、身体を伸ばすようにグッと背伸びをして扉の前に立っていれば、鍵は開いた 「 ただいま、ボリス 」 「 クァァオン( ふぁ〜、おかえり )」 欠伸ついでに言えば、男は眉を下げて笑う 何故かこの時は寂しそうな顔をする 何を思ってるのか分からないが、見上げていいれば男はしゃがみ込み、両手で顔を撫でる 「 直ぐにご飯を持ってくる。それと、後でエリザベスカラーを外そう 」 「( おっ、等々…この邪魔なのを外せる日か!長かったなー )」 それはちょっと楽しみだと思い、男がご飯を持って来るまで定位置に座り待つ 一旦部屋を出てから、直ぐに毎日のように洗う餌箱の中に、缶詰とドックフードの混ざったのを目の前に置かれる すんっと匂いを嗅げば、今日はビーフ缶じゃないか チキンや野菜入りよりずっと好きだと思い、食べていく 俺は人間になれるが、狼は雑食だからな 何でも食える 特に犬の味覚に合わせて作られてるほうが、人間の料理を食って腹を壊すことがないからいい ネギ系が駄目なんだよな… 「( 食べた! )」   口元を舐めて見上げれば、男は皿を寄せてから首元に触れる エリザベスカラーを外され、スッキリした事に身を震わせ背伸びをする 「( んーやっぱり無い方がいいって…… )」 「 エリザベスカラーは邪魔だろうから、これを着よう。人間用だがな 」 「( 俺は毛皮という服を着てるのに…服を着させようとしてる!? )」 エリザベスカラーが無いから安心したが、今度は服なんてものを着させようとしている!! そんな、毛が当たってモゴモゴするのに!! 嫌がって耳を下げても手を掴まれて引っ張られる いやー!って全身で拒否しても頭から被さられそのまま前脚を袖へと入れられた 「( ……モゴモゴする )」 げんなりとしてる俺に、フード付きの服を着せて満足してる男はフード部分を頭に乗せ、何故かスマホを向けて来た 「 似合うじゃないかボリス、可愛いな 」 「 グゥ……( 似合わねぇよ……パーカーInパーカーしてるみたいなもんなんだぜ?ありえねぇ…… )」 でも脱いでもまた着せようとされそうだし、口の当たる肩の部分が触れないようにしてるんだろうな 裾も長い為に、太腿にも当たらない 落ち込んでる俺にスマホを向ける男に噛みつこうと軽く口を開けば、 片手は顎に当て撫でてくる 「( つ、強い…… )」 コイツの撫でるテクには負けてやる ヘタリと耳を下げ、俯せになって撫でられる手に心地良さを覚えていた 「 もう少し、トイレを覚えたら部屋を自由に出るがな 」 「( トイレ…覚えてるはず!! )」 何がまだいけないのか分からないぐらい、トイレはいつも同じ場所にしている! 早くこの部屋から出てウロウロしたいが、それはまだもう少し先の話になりそうだ それに、何故…この男が此処まで犬の扱いに慣れてるのかも知りたいもんだ
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

227人が本棚に入れています
本棚に追加