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五話 脱走したボリス
〜 犬塚 視点 〜
不注意だった
俺がいるから部屋の外には出ないと思っていたんだが、入り口を覚えてるなら
賢い犬なら出るだろう
「 猫澤くん、すまないが……犬の捜索を協力して欲しい 」
″ 分かりました。すぐに手伝います ″
俺一人では元野犬を探す事は不可能だと思った
だが、上着を着ながら玄関に行った時、違和感を覚える
「 なんで……鍵まで外せた? 」
回すタイプの内鍵と、チェーンすら備わっていた
だが、それすら外れてることに
ボリスが二足歩行になった時の高さを考えてみても、多少高いと思う
ジャンプして外した?口で鍵を回した?
そんな風に思えないほど、どこもヨダレで濡れてはいなかった
そんなに賢い犬だったのか?
玄関の開け方すら知ってるのは、元飼い犬だったのか?
その疑問を持ちながら、僅かに開いていた玄関から外へと出て
車では小回りが出来ない為に、クロスバイクへと乗り、肩にハーネスやら入ったのを入れたカバンを担ぎ直し、自転車を漕ぐ
「 まだ傷が完治してないだろう 」
外に出たいなら出してやる
日本の環境では、野生には戻さないが
庭で飼う事を検討してもいいんだ
だが、傷口が完治してない状態で脱走されたなら…
ボリスの身の心配をする
自分の身体を甘く見過ぎてるから、悪化してウジが湧いた時に倒れてたんだろう
「 ボリス……急に倒れるなよ 」
完全に栄養失調が治ってないから、明後日に定期検査の予定が入っていた
その前に脱走するなんて……
「 社長、どんな子なんですか? 」
地区は違えど、比較的に近くに住んでる為に 合流場所で猫澤君と会えば、スマホに何枚か写メっていた画像を見せる
「 手術をしたばかりだから、顔から下の毛はない。細いが大型犬だ。首輪はしていなかった… 」
「 見た目の特徴は把握しました。こんな目立つ犬なら夜でも分かるでしょ…近所から探しますか? 」
「 いや、俺の感だが……彼奴は街側にいる。行こう 」
「 あ、はい 」
あの祠があった山に向かうにしても、
街側に行った先にある、川に掛かる大きな橋を渡る必要がある
犬は猫と違って、元の場所に帰る習性は強い
飼い猫なら怯えて、家の周りからは動かないだろうが…
元野犬だ、兼ね備えた感で帰れるだろうな
俺の家に…帰ってこない、とは何となく分かっている
まだ、知らない家だ……
仕方ないとは思うがな……
「 そう言えば、その犬……SNSで見掛けたのに似てますね? 」
「 そいつさ、怪我して倒れていたからな…助けるついでに飼い始めた 」
「 怪我ですか? 」
「 嗚呼、刃物で刺された傷が腕と肩にあった。虐待だろう…と獣医も言っていた 」
赤信号になったところで止まり、辺りを見ながら犬がいないか確認するが
こんな深夜0時過ぎ、人通りは少ないが暗くて良くは見えない
車の方が良かったか?と思うが、駐停車なんてしてはいけない場所が多いからな
見つけた時に、捕まえることが出来ない
焦る気持ちをなんとか落ち着かせようと息を吐いていれば、猫澤くんは告げた
「 最近…多いですね 」
「 虐待か? 」
「 それも何ですが……。ホームレスの青年も刺されて行方不明って新聞に載ってました。
新聞の小さな隅の方でしたか…… 」
「 それって……二十代ぐらいか? 」
「 えぇ、そうですが…… 」
「 嗚呼…少し、居る場所が分かったかも知れない 」
怪我をホームレスと、あのボロボロのボリスを見掛けたのは偶然では無いと思う
腹を空かせた様子、けれど何処か人慣れしてる部分を考えれば彼が飼っていた…というか連れ添っていた犬と言われても納得は出来る
怪我のしたホームレスの青年がいた、駅裏へと来れば辺りを見渡す
「 この辺りで、血だらけでフラついてる青年がいたんだが…… 」
「 犬ではなくホームレスを探すんですか? 」
問われた疑問に、自転車の向きを変えながらホームレスが居そうな場所を探す為に答えた
「 もしかしたら…餌をやってたかも知れないんだ。そうなると…犬もその辺りに戻るんじゃないか? 」
「 なるほど……。では、二手に別れましょう。情報が入り次第連絡をお願いします 」
「 嗚呼、分かった 」
一緒の場所を探すより、二手に分かれた方が効率がいい
その場で其々、左右の駅裏を探す事にした
飼い主の元に戻りたいと思い、そして飼い主もまた犬を返して欲しいと言うならそれでいい
勝手に野良扱いをして、助けて、飼おうとしたんだ
話を聞くぐらいはしたい
金の目処は付けないから、治るまで協力もする
だからこそ、俺はホームレスの青年ともう一度会いたくなったんだ
「 はぁ……。あぁ、そこの君達…すまないが話を聞かせてくれないか? 」
コンビニで買った大量のパンやおにぎり
それを持ち、ホームレスらしき人達に近付き、食べ物を差し出すついでに、青年の話を聞く
「 行方不明の若いホームレス?誰だろうか…? 」
「 分からないなぁ……これ、ありがとよ 」
「 いや、此方こそありがとう 」
情報が回って無いのなら、青年と関わりのある者しか分からないか
駅の周辺にいるホームレスは知らない者が多く、探し回るのに苦戦を強いられた
いっそのこと、川に行った方が早いか?と思っていれば、猫澤くんから連絡が来た
″ もしもし、社長。今どの辺りにいますか? ″
「 川に向かおうとしていた 」
″ あ、では…丁度良かった。交番にいた警察の方が行方不明のホームレスの青年は、川岸にある橋の下で暮らしていたそうです。今はいませんが…荷物は残ってると… ″
「 それで十分。流石…猫澤くん。先に向かっている 」
″ はい、 ″
流石、自慢の秘書
猫の噂は半日で地球の裏側まで届くと言われてるからな
そのぐらい、彼の情報を得るのも速い
矢張り、川側にいた事が確信して
急いで自転車を走らせた
秋の寒さで息は白くなり、荒くなる呼吸のまま川岸に出て
橋のある方にそって走らせていれば、見掛けたホームレスっぽい男性の横で自転車を止める
「 すまない、少しお尋ねしたいんだが? 」
残り一つ、パンしか無いが
それでも渡せば、男性は何処か嬉しそうに受け取ってから頷く
「 なんだい? 」
「 若いホームレスの青年を知ってるか?。もしかしたら、犬を連れてると思うんだが 」
その言葉に、男は僅かに目を見開いた
「 嗚呼、知ってるもなにも…この辺りじゃ有名になっている程だ。大きな野犬を数頭連れて歩いてたからな 」
数頭?って事に疑問になるが
ボリスはその中の一頭だろうと思う
「 だが……最近、喧嘩を止めようとして刺されたらしくてな。血だらけで立ち去ってから見てねぇと…その日からピッタリと犬も見ねぇからよ 」
「 その中に、一際大きな犬はいませんでしたか? 」
「 一番おっかねぇそうなのはいたさ。只…そいつがいる時は彼はいなかったなぁ……。まるで彼の代わりみたいに、他の犬を引き連れてたからさ 」
何処かで人を警戒しながらも、顔色を伺ってる様子を知っていた
だからこそ、元飼い犬だろうと思っていたがそれが当たっていたのなら…
俺は、彼に会う必要があった
「 教えてくれてありがとう。助かった 」
「 おう!その青年の寝床なら、橋の付近にある土管の中さ 」
「 嗚呼、了解した! 」
軽く手を振り、御礼を伝え
川の鋪装されたサイクリングロードへと下りてゆき、走る
夜の為に、人の気配は無く
川の流れる音や、風によって秋の葉が揺れる音が何処か心地いいと思う
此処なら、犬が姿を隠しながら生活は出来るだろう
二kmの道を走り、橋が見えてくればその先は元の上に戻れる坂はあるものの
それ以上は舗装されてはいなかった
置けそうな場所に自転車を止め、持ってきていた懐中電灯を手に持ち、それ以上を歩いていく
〜 ボリス 視点 〜
「 あったあった、俺の大事なアコースティックギターちゃん 」
走り過ぎて傷口がジクジク痛むけど、其れよりも大事な物を見つけた事で抱き締める
土管の中に部屋を作り、ちょっとした物を色々入れていたが、取られてる様子はない
寧ろ、何故か土管の前に黄色いテープが張り巡らされていた為に、此処に入って来るまでがちょっと大変だった
一部、引き裂いて外したけどな!
そんな訳で、シンガーソングライターになる!とかで頑張ってバイト代を貯めて買った
中古だけど綺麗な、アコースティックギターの中身を確認し、もう一度ギターカバーに入れて肩に担ぎ
他に必要な、隠していた金やら持って移動することに決めた
「 集めたフライパンくんとか鍋ちゃん……バイバイ 」
捨てられていた物だが、使えそうなのは洗って使っていた
ちょっと焼いたり、お湯を温めるのに丁度良かったが
俺は此処にはいられないと察した
あの姿で人の街をウロウロし過ぎた
警察やら、保健所の連中が捕まえようとしてるのは察していた
他の子に、罠の種類の嗅ぎわけ方や見分け方を全て教えていたが…
時間の問題だろう……
「 さて、お前達も…移動するか 」
「「 ぐぅ…… 」」
土管の奥に隠れていた数頭の野犬
昔から、野犬には懐かれやすかった為に此処でもホームレスの連中よりずっと親しく傍にいた
怪我を治す為に離れていたが、引き連れて去ろうと思い
声を掛けてから彼等が立ち上がったのに合わせ、服の上から持っていたカーキ色のガウンコートを羽織りテープを超えて外へと出た
「 よいしょっ……っ!? 」
外に出で土管を下りると同士に、嗅ぎなれた匂いに驚き
顔を向ければ、そこには息を切らしたように肩を大きく揺らして立っていた、あの男の姿があった
「 ……… 」
眩しいと言いたくて目を細め、
片手で犬達が出て来ないよう、何気無く指示をして向き合う
「 こんな夜に、ホームレスの家に訪問か? 」
「 っ……君に聞きたい事があって、此処まで来た 」
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