ソルティドッグ・イン・ラスベガス

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ファミリーで運営するカジノに着いた。ヤシの木の形のネオンサインの脇を通り過ぎ、地下の駐車場に入る。 おれは裏口に下ろしてもらった。車はそのまま、隠れ家に向かうように命じる。 ベンを渦中に置いておくのは避けたい。 「ベン、お前は自宅ではなく、別荘の方に行ってくれ。秘密の…ビバリーヒルズにある別荘だ。セキュリティを入れて、自衛しておけ」 車の外から運転席に向かって告げる。 それからおどけた仕草で、ベンに向かって肩をすくめた。 「今夜は戦争なんだ」 おれは努めて明るく言った。苦心してスマイルを作る。 ジョークにしないとやってられない。 ベンはうなずき、黙ってこちらを見た。黒い瞳。おれの背中に冷や汗が流れそうだ。 ふいに運転席の窓から太く、熱い手が伸びて、おれの首根っこを掴んだ。 ベンの手がおれのネクタイを掴み、軽く引き寄せる。 互いの顔が近づき、ベンの頬がおれの肩をかすめた。 どきり、と胸がときめいた。 遊びには散々なれたはずなのに、たったこんなことで、初心な娘みたいに、熱くなってしまう。 「タイが曲がっています」 おれの首元で、ベンが指先でタイを直している。 されるがままに、手直しをまかせた。 ベンの髪から海の匂いがする。塩っからい香り。ベンの体臭。昼は一緒に泳いでいた、西海岸の青い波ーー。 手を伸ばし、彼の頬を撫ぜた。 「…待ってます。あなたが帰ってくるまで」 ベンが微笑んだ。 言葉少ない彼の、不器用な台詞に、温かさがこもっている。 たまらなく愛しくなった。 おれの中の何かに火がつく。エンジンが奮い立つ。 マティーニを一杯あおったように、熱が血をめぐって、弱気を焼き尽くす。 休暇であれば、このままベットインのところだが、今日は先約がある。 ベンのざらついた頬を取り、軽くキスをした。唇の上にも、頬にも。軽く触れるだけのキスを、二回、三回。わざと音を立てた。 「ご主人様?」 「礼だよ。必ず帰るから。終わったら連絡を入れる」 ベンは了解した。 車の去り際、おれは入り口で手を軽く振り、ウィンクした。 (父親にも愛人が居たなーー。カルフォルニアのキュートな踊り子。母には知られたくないはずだ。先日父が愛人に買った、クルーザーの代金。あの明細書は父親も誤魔化せないーー) この間、新しく開いたカジノは、立派に収益を上げている。遊びを通じた、クラブでのコネクションからだ。つまりおれのクラブ遊びも、無駄ではないということだ。 通路を歩く間に、理論武装を整え、内心ほくそえむ。 The Salty Dog in Las Vegas。 ザ・ソルティドッグ・イン・ラスベガス。 カクテルを運ぶバニーガールが通りががり、おれは挨拶代わりに不敵に笑った。 この勝負、負ける気がしない。 (おしまい)
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