ソルティドッグ・イン・ラスベガス

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おれはラスベガスに向かうハイウェイを、車で飛ばしていた。 夜景を背景に、色とりどりのネオンサインが流れてゆく。 外の景色とは裏腹に、気持ちは憂鬱で、涙でにじんでろくに視界が見えない。 ーーダリル。男とは別れろ。 マフィアのボスである、父親から命令が来た。 非合法SMクラブでの遊びが親にばれた。特に飼ってる奴隷を知られると、険しい顔をされた。 女の愛人ならともかく、同性、しかもおれより25歳も年上であることが、オヤジには気に食わなかったようだ。 ーーお前より、私の方が年が近いじゃないか! スマホからの、父親の悲鳴。怒りと動揺が伝わってくる。 ーー許さん。二度は言わすな。 問答無用だ。これ以上逆らえば、ラスベガスでおれの所有するカジノを取り上げられてしまう。そうしたら、羽振りのいい暮らしもオシマイだ。クラブに金が払えなくなる。 ふぅ。ため息をついた。 少々、身辺整理をせねばならない。 西海岸の海で遊んでる場合ではなくなった。 車の上にサーフボードを積んで、超特急でラスベガスに向かう。 夜のハイウェイを走る4WD。運転手はベンだ。 ベンはおれの奴隷兼恋人だ。 彼が誘拐され、闇オークションで販売されているところを購入し、調教した。 今は同棲して一緒に暮らしている。 ベンの年齢は53歳。西ドイツ生まれで、182センチのゲルマン系。顔つきは俳優のブルース・ウィリスに似ている。若い頃に軍隊経験もあったという。がっちりした身体。薄くなった頭髪にざらついた無精ひげ。シャツからのぞく日焼けした太い腕には、刺青だ。 カクテルに例えるなら、ソルティ・ドックだろう。ブルドッグのラベルのついた、ウォッカベースの塩の付いた酒。 おれはこれ以上なく、彼に愛着があった。捨てるなんて出来ない。 クラブ通いは止めてもいいが、どうにかして彼を自分の手元に残したい。 だが父親はベンを海の向こうのアフリカにぶっ飛ばし、そこで行われる人間闇オークションに彼を売り戻したいのだ。 運転席のベンはどう思っているんだろう。事情は話していないし、話せない。 この機会に、自由の身になりたいだろうか。非合法クラブに売り戻されたら、運命を呪うだろうか。 今の暮らしーーおれの奴隷でいることに、彼はどう受け止め、折り合いを付けているのか。おれは知らない。他の奴隷は飼っていない。 あまり自分から口を開かないベンは、何を考えているか分からないときがある。調教済みとはいえ、本当におれの奴隷なのか。実は黙って耐えていて、脱走を狙ってるんじゃないだろうか。そんな疑問がわくくらい寡黙だ。 走る車の中で、おれは重い口を開けれなかった。何かを言えば、泣き言になってしまう。そんな情けない姿は見せたくない。 ベン、お前とお別れすることになったよ。 …嫌だ、ベンを手放すなんて嫌だ。考えることも出来ない…。 さすがに今だけは遊び人の匂いを消して、体面を保ってないといけない。仕事に復帰だ。 車の中でシャツを脱ぎ、車に置いておいたダークスーツに着替える。ピンクのビーチサンダルを脱いで、革靴をはく。鏡のないまま、苦心してネクタイを結び、髪を整えた。
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