最終章 二人のキーノート

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 例のマンションでの落下事件の後、マンションやアパートに設置された階段やエレベーターに恐怖心があり、仕方なく、独りでも住めそうな小さな借家を探した。  最初はしぶしぶ。でも見て回っているうちに楽しくなった。  とある空き家。わりと古いがよく手入れされたレトロな一軒家と広い庭、そこにピンときて、住み着いてしまった。  大家さんからは、いつ取り壊すかもわからないから好きにして良いと言われており、中はいい感じにリノベーションしている。だから、部屋はたくさんある。 「夏休みの子供じゃないんだから……」  ここどうぞと案内した畳の部屋いっぱいに新聞紙を敷き詰め、床に這いつくばって油絵を描いていた。 「何やってんの、床で」 「え、だって汚すと悪いと思って」 「油絵やるならやるって言ってよ。道具ぐらいあるし。イーゼルもあるけど……」  二人の休みが合うたびにここに連れ込んでいたので、さすがに自分の時間を取り戻したくなったらしい。 「でもこの匂い落ち着く。油絵の、独特な匂い」 「三枝君はデザイン科でしょう? 油絵なんかやってたの?」 「やってたよ、高校生の頃。日本画より水彩より、油絵が好き」 「えー意外。汚れてるイメージ無い」
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