第一話  霊 視

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第一話  霊 視

 いつまでもしつこく、大嫌いなくそ暑い夏がようやく終わり、やっと秋が始まった。  気が付けば、もうすでに彼岸に入っている。田舎では、道路沿いや畑のあぜ道、墓の周辺などに彼岸花(ヒガンバナ)が咲き誇っている。 この花は根に毒を持っているため、ネズミやモグラなどから墓や畑を守るために植えられたと言われている。  この毒をもつ事から別名「狐の松明(きつねのたいまつ)」、「死人花(しびとばな)」とも言われ暗いイメージが付きまとう花なのだが、一般的には「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」と言う名前で知られている。  男はその日、久しぶりにドライブに出かけることにした。暑さもおさまり、秋晴れの心地よい風が吹く中で車を走らせる。 これといった当てもないが、人出が多い観光地は避けてのどかな田舎道を楽しんでいた。 「お~、あっちこっちで曼殊沙華が咲いてるなぁ~。ちょうど、秋のお彼岸なんだなぁ~」  そんなことを呟きながらステアリングを握るこの男、中年太りのためか年々腹周りが大きくなり季節を無視して頭頂部だけは秋風が吹いている。どこにでもいるような全く冴えない見た目の彼は、周囲の人間から“ (ふとし) ”と言うあだ名を付けられていた。  国道をしばらく走るとY字路が見えてくる。左側が脇道のようなのでウインカーを出して脇道に入る。民家が2,3軒あり少し進むと大きな一軒家が“どうだ!”と言わんばかりに建っていた。この辺りの名家なのだろう、門構えも立派だ。そして、ここにも生垣に沿ってたくさんの曼殊沙華が植えられていた。  太は車のスピードを落とし、花を見ながら運転していた。 すると、生垣の中ほどまで来た所におかしな花をみつけたのだった。 「えッ、何だこれ?? 新種なのか? 黒い曼殊沙華??? 珍しいなぁ~」  車を停め、不思議そうにその花を(なが)めていた。 しばらく眺めてから、ふと思い立ちスマホを取り出して写真を撮ろうとしたのだが・・・。 「あれッ、しまった。スマホもカードも一杯で撮れねえや。何でこんな時に、畜生! どっかコンビニに寄って買って行こう」  残念そうにその場を後にしたが、そこには確かに一株から四本の茎に四つの黒い曼殊沙華の花が咲き誇っていた・・・。  ドライブから帰宅して軽くシャワーを浴びて一息つくと、久しぶりに飲みに行こうと思い立ち、早速着替えて自宅を後にしたのだった。 太はモテない男の代名詞のようなもので、女性にはこれと言った縁が無く未だに独身。フットワークの良さは気ままな一人暮らしのなせる業なのだろうか。  自宅からトボトボと歩いて行くとほどなくして馴染みのバーに着いた。バーと言っても田舎町の寂れた一杯飲み屋と言った感じの店だ。店の看板には一文字(ひともじ)で[(らん)]と書いてある。殺風景(さっぷうけい)なカウンターバーだが、時折店の隅に胡蝶蘭(こちょうらん)が飾ってあったりすることもある。 「こんばんわ!」 「あら~太さん、随分お久しぶりね!」 「そうだね、流石に夏は暑くてどこにも出たくなかったからね~」 ブツブツ言いながら太がカウンターの椅子に腰かけるとママがおしぼりを手渡す。 「いつものでいいかしら?」そう言ってグラスと芋焼酎のボトルを出してきた。 「ロックでね!」 「ハイ、ハイ!」 二人で乾杯してグラスに口を付ける。 「今日はね、天気が良かったからドライブに行ってきたんだよ」 「あら、いいわね」 「お彼岸のせいか、あっちこっちで曼殊沙華が咲いてたんだよ。だけど、通り道で一つ不思議な花を見たんだよ。 黒い曼殊沙華。 新種かねぇ~? あんなの見たの初めてだ! でも、あそこの一か所だけだったなぁ~??」 「えッ! それ、どこで見たの?」 「国道をずっと上がって行ってY字路に出るだろ、そこを左に入って数軒先の大きな一軒家。 生垣沿いにズラッと曼殊沙華が植えてあるんだけど、一株だけ四つの黒い曼殊沙華が咲いてたんだよ。写真撮ろうと思ったら、メディアがいっぱいで撮れなかった」 「それ、真っ黒だった? それとも、紫がかって黒光りしてた?」 「う~ん、そう言えば紫がかってたような、黒光りしてたような」 「やっぱりね!」 「ん??、 何で??」 「黒い曼殊沙華、それは普通の人には見えないわ! 太さんも見えるようになったのね。 真っ黒な花は人の中に見えるの。その人には持病があって、近いうちに死ぬわね。 紫がかって黒光りした花は家の周りに咲くの。その家には霊障があるのよ! その家の三代から六代、あるいは七代くらい(さかのぼ)った先祖の中に、多くの人から恨みを買うようなことをした人がいるはずよ。 その家も近いうちに滅びるわよ!」 「ゲッ、そんな花なの? って言うか何で俺も見えるようになったの??」 「もともと太さんも少し“視える人”だったでしょ。霊感が少し強くなっただけよ。特に問題は無いわ。」  このバーのママの裏の顔は、[霊能者]である。裏の顔と言っても商売にしているわけではない。お告げがあった時に、伝えるべき人に伝えるべき事をアドバイスするだけである。太もわずかだが霊感があるので、そのことは良く理解している。ある意味で良い友人なのだが、ママの話を全て鵜呑(うの)みにすると言う訳ではなく、アドバイスとしてしっかりと受け止めておくと言ったスタンスである。 [霊能者(れいのうしゃ)]と[弱霊能者(じゃくれいのうしゃ)]と言う関係なのだろうか? 「そう言う花なのか、じゃ写真には写らないんだね。また今度行ってみてみようかなぁ~」 「ダメ! 絶対ダメ。 今から一週間、いや十日くらいは近づいちゃダメ! 近いうちにきっとその家が災難に見舞われるわ。家族が四人なら、もしかすると全滅するかもね。危ないから絶対に行っちゃだめよ!」  そうママに強く言われたので、太は興味があったが近づくのは(しばら)くやめておこうと胸に(とどめ)めて置いたのだった。  その日から六日がたった朝。TVのニュースを見ていると、恐ろしい事になっていた。 「昨夜未明、○○町の民家で火災がありました。家屋は全焼し、焼け跡から家族と見られる四人の遺体が発見されました。現在、警察と消防で出火原因を調べているとのことです」  太にとってはとんでもないニュース報道だった。 「え~~! このあいだ行った所の家じゃねえか? 黒い曼殊沙華の・・・。 ママの言った通りだ!」  その後の調べで公表はされていないのだが、夫婦二人と幼い子供二人の四人が寝室で並んだ状態で就寝中に火災に見舞われた模様だった。大火のためか四人とも原形を留めるのがやっと、と言った状態で全身黒焦げになっていた。しかしなぜか眼球だけは燃え残り、しっかりと目を見開き四人が一点を見つめて、何かの恐怖に(おのの)くように硬直した状態で焼死していたのだった。  翌日、太はママの店に行きニュースの事について話しだした。 「ママ、驚いたよ。ママの言った通りになったよ! この間の黒い曼殊沙華の家、火事で全焼して家族が全員焼死したみたいだ。 びっくりしたよ!」 「そうでしょ、言った通りになったでしょう。危ないから近づいちゃダメなのよ!」 「いやぁ~~、それにしても凄いね、ドンピシャだね! 良く分かったねぇ~」 「あの後ね、少し気になったのであの家の事を霊視してみたんだけど、もっと凄かったわ。視ていて頭痛と吐き気に襲われたわよ!」  そう言ってママは詳細を話してくれたのだが・・・。  その家はその家系の本家なのだと言う。今から五代前の先祖に(おぞ)ましい悪行を重ねた男がいた。幼い頃から奇行が絶えなかったらしいが、成人した頃には半ば狂人のようになっていたと言う。どこで知り合ったのか、怪しい新興宗教団体の人間と付き合うようになり次第に呪術の様なものに傾倒していったようだ。  カーニバルと言う言葉があるが、一般に謝肉祭と訳される外国の祭りである。この語源はカニバル族と言う食人習慣のある部族に由来すると言う説があるようだ。食人と言っても誰かを殺して喰らうわけではなく、身内に死者が出るとその(とむら)いの為に親族で死体の肉を分かち合って食べるのだそうである。一見、およそ日本では考えられない様な話だが、実は必ずしもそうとは言い切れないのである。  機械など無かった時代は全てが手作業と肉体労働だった。健康で丈夫な体こそが宝であり、まさに体が資本なのだ。小さな集落などは当然これが社会資本でもあったのだ。こうした集落でも時折、奇形児が生まれることもある。人権など無かった時代にそうした子供は周囲から(うと)まれる存在であった。しかし、ごく一部の集落では全く違っていたようだ。隠された風習のため文献による記載が無く、口づてによる伝承のために証拠は全くないのだが、奇形の子供の肉は不老長寿の妙薬で神の贈り物だと考えられていたそうである。このため生まれるとすぐに殺して解体し、集落の者たちで分かち合って食べたのだと言われている。  男は日頃から呪術研究に没頭して何かを企んでいたようだが、どこからか奇形児の話を聞きつけて以来、村の内外を問わず奇形児探しに夢中になっていた。そして、奇形児のいる家を探し出すと、あろう事か夜な夜な家に忍び込んで家人を惨殺して子供をさらってきたのである。自室でその子供を殺して血抜きをする。その血は呪術に使うために(かめ)に入れて保存しておいたようだ。そして、子供の身体を解体し生肉を喰らっていたのである。  ママの霊視では、この時代の田舎の集落では現在の警察機構のような満足な物は無かったらしいが、それにしてもなぜだかこの男の非道が表沙汰になることは無かったようだ。 そのため、この男の悪行は一度や二度では無かったのだ。被害者たちはさぞかし無念であったことだろう。 結局、男の末路は最後に発狂して死を迎えたらしい。  しかし、被害にあった者たちの恨みがいかばかりかは想像に難くない。霊となった彼らの苦しみ、怒りと憎しみ、恨み、そうした思いは日増しに大きくなって行き、やがて一つに集まり怨霊となった。男とこの家に対する復讐心がやがて祟りとなってこの家系に襲いかかろうとしたのだが、この家の家人はこの男を除けば温和で善良な者が多く、信仰心も厚かったために神仏の加護によって守られていた。だが、時代が進むにつれて信仰心も薄れて行き、現代に生きた家族にはほとんど無くなっていた。神棚や仏壇、墓参りなどは形だけのものとなり、怨霊にとってはこの家を祟り家系を根絶やしにする絶好の機会となった訳だ。  四人の家族は先祖の霊障である怨霊の祟りによって格好の餌食となった。身動きもできず黒焦げになるまで焼き尽くされた。息絶える瞬間まで、業火の中でじっくりと、たっぷりと苦しめられて死んでいったのである。まるでこの怨霊が祟りの証拠を残すかのように、焼死体の眼球だけが一点を見つめるように焼け残ると言う、実に奇妙な遺体となったのである。 「ママ、水一杯ちょうだい」 「ハイ」  太はコップの水を一気に流し込んだ。 「俺、今夜は酒飲む気がしなくなった。外の空気が吸いたい」 「そうね、私も思い出したら気分が悪くなったわ。 今日は店仕舞いにしましょう」  そう言って早々に店を閉め、二人は外に出て夜風に当たりながら歩き出した。 「そう言えばまだ夕飯食ってなかったんだ、腹へったなぁ~。何か食いに行こうか?」 「よくそんな気分になるわねぇ~?」 「焼肉でも行く?」 「バッカじゃないの?!」 「冗談、冗談。でも腹減ってるし」 「そんなことだから益々“ふとし”さんになちゃうのよ!」 「大きなお世話だ!!」  こうしてその夜は更けていった。            黒い曼殊沙華  第一話   霊障                      終わり
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