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「それで?」
「プロポーズしようと思ってるんだけど、どうやって、なんて言ったらいいのかなって」
「指輪は買ったの?」
いつだって冷静な知名見がやんわりと尋ねる。それに恵涛は小さく頷いた。ポケットから取り出したのは、女の子たちの夢が詰まった小さな小箱。恭しい手つきで開くと、そこにはシンプルなシルバーのリング。
「それで、あたしたちにどうしてほしいのよ。それを礼兎君に渡して結婚してって言えばいいじゃない」
「そうなんだけど、プロポーズのやり方っていうか」
「やり方?」
「どんなふうに言ったらいいんだろうって」
「初めてだものねえ」
そこで私たち姉弟はうーむと唸って同時に首を傾げた。同じ家に住む私たちは、もちろん誰も結婚していない。
両親が同時多発的に蒸発してからというもの、私たち姉弟はこの家で4人、力を合わせて生きてきた。漫画家になっても、進学して一流企業に勤めても、就職活動にめげずなんとか希望の会社に勤められても、まあ色々あってフリーターになっても、誰もこの家を離れなかった。
おかげさまでみんな独身のままなわけで、経験からのアドバイスは難しい。
「でも礼兎君ならきっと大丈夫でしょ」
そう言ったのは、礼兎君が弟を好きなことは見ていれば分かるし、彼ならどんなプロポーズだろうと落胆したり、ましてや断ったりはしないだろうと思ったからだ。
礼兎君が勤める小さな出版社は、漫画雑誌とタウン情報誌、あと文芸誌を月間で出しているだけの小さな会社だ。そのタウン情報誌で街のケーキ屋さんを紹介する連載は彼の担当なのだが、写真付きで載せられている記事はその名も「スイーツ王子の探検記」。なぜ王子が探検するのかは全くもって不明だけれど、編集長に付けられたそのあだ名に相応しい容貌ではある。本人はいたって謙虚なので、その顔写真はなんとなく困り顔だ。
「そう、なんだけど。やっぱりプロポーズは特別なことだから」
「まあそうだねえ」
「角南」
知名見が角南を呼ぶ。普段はお姉ちゃんと呼ぶ彼女が名前を口にした時は、大切な話をする時だ。呼ばれた方の角南は、締め切り間際のボサボサの頭をがさつにがりがりやると、ずっと持ったままだった丸ペンを置いた。
「仕方ないな。やるよ」
「何を?」
「何をってあんた話聞いてた?プロポーズの言葉を考えんのよ。ホントにどんくさいな古奈美は」
「言葉の暴力はんたーい」
「はいはいどうでもいいからまずはあんたからね」
「なんでよ」
「あんたそういうの好きでしょ」
言い当てられて私はニヤリと笑った。まったくその通り、昔っから漫画ばかり読んでいた私は妄想でお話を考えるのが大好きだった。でもこれは角南の影響が大きいと思うのね。
「じゃあ私からいきまーす」
「生き生きしちゃって」
「古奈美がお話作るのが得意なのは分かってるけど、くれぐれも突拍子もない妄想にはしないように。恵涛も、これはあくまで参考に。あなたのことなんだから、あなたが自分で考えること」
「はあい」
「はい」
長女には反抗してばかりの私も知名見には大人しく頷く。隣で恵涛も真面目な顔で頷いている。
「リアルなやつにすればいいんでしょ」
「あんたってばすぐに隣の国の王子様引っ張り出してきたもんねえ」
「もうしません」
あんたの今の王子様は全然王子って顔じゃないしね、なんて私の彼氏をディスった角南を軽くパンチしてから、私は「寒い雪の帰り道」と話し始めた。
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