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planA
寒い冬の帰り道、恵涛と礼兎君は並んで歩いていた。いつもの居酒屋さんでお酒を飲んで、あの魚の焼いたのが美味しかったね、あれはなんていう魚だったかな。なんて二人で話しながら歩けば、寒さはあまり感じない。けれど手をつなぎたいから恵涛は寒いねと言って礼兎君の手を取った。礼兎君は少しだけ笑って恵涛の手を握った。ふくふくとした恵涛の手よりも大きく骨張った手は温かかった。
「そういえば、知ってる?」
「何を?」
聞き返した礼兎君が首をかしげる。その顔を見ながら恵涛は続ける。
「あの駅近くの裏通りの並木道がすごく綺麗なイルミネーションになってるんだって」
「この前、編集長から聞いた。とっても綺麗なんだってね。今度うちの雑誌でも取り上げようかって言ってたよ」
「僕はまだ見てないんだ」
礼兎君はどう?と聞けば、まだ見ていないねと返ってくる。恵涛はそれじゃあ、と足を止めた。ここからだとちょうど目の前の角を左に曲がらなければいけないからだ。
「今から見に行ってもいい?」
「もちろん。そのために見に行かなかったんだから」
「そのため?」
「恵涛と見るため」
にっこりと笑った礼兎君は恵涛の手を引いて角を曲がった。
「大変だったんだよ、編集長が見たいっていうのを断固として断るのは」
「編集長さん、押しが強いもんね」
「そうなんだ。どうせならあんな面倒くさいおじさんとじゃなくて、恵涛と一緒に見たいじゃないか」
礼兎君の言いようがおかしくて恵涛が笑うと、大きな白い息がふうわりと飛び出した。口ではそんなふうに言っているけれど、彼が編集長を慕っているのは知っている。恵涛はその仲良しが羨ましかった。
「俺は、綺麗なものは全部恵涛と一緒に見たいんだ」
「僕もそうだよ」
言葉が切れたのと同時に並木道に着いた。けれどしんと静まるそこは暗闇に閉ざされている。昼間は賑わうその通りも、夜には人通りが途切れる。ただ暗いだけのその場所で二人はぼんやりと立っていた。
「あれ、やってないねイルミネーション」
不思議そうな、そして残念そうな声の礼兎君に、恵涛は向き直った。いつもは街灯が灯っているはずなのにそれすらなくて、お互いの顔がよく見えない。
「礼兎君」
「なんだい」
「僕も礼兎君と一緒にいろんなものを見ていたいよ」
「うん?」
「綺麗なものだけじゃなくて、目の前で起こるあらゆること。悲しい出来事も、楽しいこともなんでも」
顔は見えないけれど、声の調子から何か大切なことを言おうとしている恵涛に気がついて、礼兎君も恵涛の方に向き直る。
「それは全部、礼兎君と一緒じゃなくちゃ意味がないんだ」
「俺もそう思う」
「だから」
突然、光が差して礼兎君は驚き顔を上げた。一番手前の木が黄金色に輝く。と、思った次の瞬間にはその隣の木が、そしてそれはどんどん連鎖して行って。
ふわふわと落ちる雪と、金色の灯りは幻想的に冬の夜を彩った。
「これからも同じ景色を一緒に見てほしい。ずっと」
灯りに照らされた恵涛がポケットから取り出したのは小さな小箱。ふたを開けると中にあるのはシルバーリング。
「そしてできれば最期に見るのは、しわくちゃな礼兎君の顔がいいな」
最後は照れたように冗談に。すると礼兎君は思いのほか真面目な顔で口を開いた。
「それは、ちょっと呑めないな」
「え」
それってどれのことだろう、もしかしてプロポーズのことかしら。恵涛が不安な顔をすると、礼兎君は王子様と称される柔和な顔をゆっくりと笑顔に変えた。
「俺だって最期に見るのは恵涛の顔がいい。ぜひ俺よりも長生きしてもらわなくちゃ」
「それは、それは要相談だね」
ようやく恵涛も笑った。
とても大切な宝物を手に取るように、恵涛は礼兎君の左手を取ると指輪を通した。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「うん。僕も嬉しいよ」
「これからも、たくさんのものを一緒に見よう。美味しいケーキも一緒に食べようね」
「これ以上太っちゃうと困るなあ」
「俺はこのふくふくした頬が大好きなんだ」
指でつんと突かれた頬から吐き出された白い息は、幸福と一緒に冬の空に弾けた。
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