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幕間
「僕、そんなに高いお店に行けるかな……」
自信なさげに頭をかいた恵涛を、角南がばしっと叩く。恵涛は小さく呻いた。
「ほんっとにあんたは甲斐性がないねえ」
「恵涛のとこは割り勘じゃないの?」
「まあそうだけど」
「あの高台にあるフレンチの店なら、比較的リーズナブルで味もいいと思けど。知る人ぞ知るところだから、運が良ければ当日でも予約が取れるかもしれない」
知名見がさらりと言った。話している間も実はずっと作業の手は止めていなかったあたり、本当にすごい。なんでこんなに器用なんだろう。
「行ったことあるの?」
「連れて行ってもらったことがね」
「男だ」
「会社の常務ね」
知名見の言う常務というのは、まだ40代半ばの仕事のできるバツイチ男のことだろう。珍しく知名見が褒めていたから覚えている。ちょくちょく食事に誘われているから、これは気があるなと思っていたのだけれど。
「それって例のバツイチさんでしょ?やっぱり絶対お姉ちゃんに気があるよね」
「そうね、プロポーズされたもの。さっきのも彼の言葉を応用したものだから」
「は!?」
今度は私たち3人全員が声を上げた。そんな話は聞いていない!
「プロポーズってそれ、あんた付き合ってんの?」
「いいえ」
「なんでー?バツイチ除けば超優良物件じゃん。つきあっちゃえばいいのに」
「そうねえ」
「それで、姉さんはプロポーズの返事をどうしたの?」
恵涛が成人男子失格なやり方でこてんと首を傾げて尋ねる。かわいくないぞ弟よ。
「断ったわ」
「断った!?」
再び揃ったユニゾンに、知名見はいつもの涼しげな顔であっさりと「もちろん」と答える。
「なんでよ!」
「私まだ仕事を辞める気はないから」
「辞めなくていいじゃん。だってさっきのプロポーズだと、公私ともにパートナーでってことじゃん。仕事でも支えて欲しいってことでしょ?」
「そうね。でも私はどちらも両立できるほど器用じゃないの。結婚するときは仕事も辞める時だと思ってるから」
きれいにベタ塗りされた原稿をテーブルに移しながら「さあ私の話は終わり」と仕切り直す。私は、この人が不器用なら自分はなんだと世の不条理を嘆いた。
「次はお姉ちゃんの番ね」
「はいはい」
「漫画家先生の期待してまーす」
「古奈美うるさい」
「あたしだけかよ!」
「恵涛もちゃんと考えといてよ」
「え」
心底驚いた顔の弟を、角南は呆れた顔で見やる。
「あんたのプロポーズなんだから、あんたので決定だからね。ちゃんと考えときなさいよ」
はい、と肩をすくめた恵涛を見やってから「じゃあ私は、暖かな礼兎君の部屋は」と角南が話し始めた。
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