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planC
暖かな礼兎君の部屋は、いつもになく静まりかえっていた。普段なら部屋にあふれる二人分の賑やかな笑い声も聞こえない。
仕事が終わり待ち合わせ場所で落ち合った二人は、今日は外食ではなく部屋で鍋でもしてゆっくりしようということにした。スーパーであれこれと具材を買い込んで、最近礼兎君の担当するローカル情報誌で取り上げた洋菓子店でケーキを予約した。そして礼兎君の運転する車でこの部屋に入るまでは良かったのだが。
「本当になんでもないんだってば」
「じゃあなんで何も話さないの?」
「話してたよ」
「心ここに在らずでね」
礼兎君は食べ終えた食器を重ねると、腰を上げ部屋を出て行った。大きなため息を残して。残された恵涛もまた負けないぐらい大きなため息をついた。
原因は分かっていて、それが自分にあることも恵涛は分かっていた。車から降ろした荷物を二人でわけあって運んでいるときもまだ楽しかったのだ。ただ二人でキッチンに立ったあたりから徐々に口数が減って、ごはんを食べ終わる頃には礼兎君に心配されるほどになった。
「もうちょっと器用だったらな……」
考え事をしていると、すぐに目の前のことを疎かにしてしまう。もう一度深いため息をついた時、ドアが開いて礼兎君が入ってきた。
「どうするの」
「え?」
「恵涛はその考え事を俺に話す気があるの。それともないの」
「えっと」
こういう時、上手に話せなくなるのが恵涛だ。いつもならゆっくりながらもちゃんと順序よく話せるのに、こうして問い詰められると途端にパニックになる。そのせいで上司から要領が悪いと評価を受けているのだが、本人はその評価についてあまり気にしていない。
いつもなら礼兎君もそれを分かっているのに、今はただイライラと組んだ腕を指先で叩いている。
「俺、何か気に障ることした?」
「全然してないよ!」
「じゃあ何か悩みでもあるの?」
「悩みというか」
「なに」
いつもの彼らしからぬ鋭いもの言いに、恵涛が萎縮して首を縮める。はっきりしない態度に礼兎君はさらに不満を募らせる。
「俺には言えないこと?」
「うん……」
「そう」
今度は、はっきりとため息をついた礼兎君はテーブルの上を片付け始める。その不機嫌な様子に、恵涛はおろおろと腰を上げたり降ろしたりする。
「そんなに俺は頼りにならないんだ」
「そうじゃなくて」
「もういいよ」
「話を聞いて」
「だって俺に言えることじゃないんでしょ」
「そうなんだけど、そうじゃなくて」
「言ってることが支離滅裂だ」
部屋から出て行った礼兎君は、ケーキの箱を持って戻ってくると恵涛の目の前にどんと置いた。ケーキは持ち帰っていいから、と言われて恵涛はますます慌てる。
「あのね」
「俺ももう怒りたくないから。今日はもう帰った方がいいよ」
恵涛の方を見ずに言って部屋を出て行こうとする礼兎君のパーカーの裾を、恵涛は泣き出しそうな顔で掴んだ。
「なあに」
「あのね、僕が悩んでたのは礼兎君のことなんだ」
「でも俺には言えないことなんだろ?」
「そうだけど、でもこれは僕自身が考えなくちゃいけないことで」
恵涛の必死な様子に、礼兎君がようやく向きなおる。その泣きそうな顔を見て少し冷静になったのか、恵涛の向かいに腰を下ろした。
「本当はちゃんと、どうするのか考えてきてたんだ。でもいざとなったら僕って怖気付くような小心者だから、だから礼兎君を怒らせるようなことしちゃって」
そこで恵涛はふう、と息をついた。すっと頭の冷えた礼兎君は、次の言葉を静かに待っている。
「でも分かってほしいのは、僕は礼兎君を頼りないなんて思っていないし、全部は無理でもできるだけたくさんのこと話そうと思ってるんだ」
「うん」
「だから、つまり僕は」
いろんな言葉や感情が体の中で渦巻いて、それなのにそれを外に出すことができなくて恵涛は眉を寄せる。準備してきたはずの言葉はなんだかふさわしくない気がして、結局思ったままの感情を口にした。
「僕は礼兎君のことがすごく好きです。僕と結婚してください」
素直な気持ちを言葉にするとそれはとてもしっくりと馴染んで、途端に肩の力が抜けた。ポケットから小さな箱を取り出すと、礼兎君に手渡した。
「開けてみて」
「うん」
礼兎君はパカリとふたを開ける。そこにはシルバーリング。
「つまりずっとプロポーズをしようとして考え込んでたんだ?」
「そう、です」
恵涛の言葉に礼兎君が指輪の入った箱を返す。そして左手を差し出した。
「プロポーズは指輪をはめるところまでが一連だよ」
恵涛は慌てて受け取った指輪を取り出すと、箱をテーブルに置いた。それから緊張した面持ちで礼兎君の左手を取った。
「絶対に、幸せにします」
まるで昔からそこにあったように馴染む指輪を見つめていた礼兎君が、顔を上げた。そして腕を広げてぎゅうと恵涛を抱きしめた。
「ありがとう。俺も絶対に、恵涛を幸せにするから。よろしくお願いします」
それに応えるように、恵涛もまた背中に回した腕に力を込めた。
「本当はどんなプロポーズにしようと思ってたの?」
「え、それ言わなきゃだめ?」
「うん聞かせて」
かっこ悪いなあと恵涛が呟くと、礼兎君が笑う。結局、恵涛も笑い出して二人はしばらく抱き合ったまま笑っていた。
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