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同級生の証言
ほどけそうな靴紐が黒く汚れている。かかとをこするように脱ぎながら、このスニーカーは中学生の時から履いてるんだったかと考えた。くたくたになっているけど履きやすいから買い替える気にもならなくて、未だ履き続けている。
蝉がうるさいくらいに鳴いていた。
「ただいまー」
スポーツバッグをどかっと畳の上に放り出してキッチンに入ると、母親が夕飯の準備をしていた。生温い空気に溶けて出汁の匂いがどっと鼻腔に入り込む。ザルの中に茹でた枝豆がこんもりと盛られていた。
「腹減った。今日の晩飯なに」
「ソーメン」
「またかよ」
言いながら冷蔵庫を開け2リットルのペットボトルを取り出して蓋を開ける。直接口を付けると喉に流し込んだ。勢いで少し口の端から水がこぼれて腕で拭う。
「ねえ、これあんた知ってる子とかじゃないの」
姉に呼ばれて俺はペットボトルを片手に茶の間に入った。
「お前今日出かけるんじゃなかったのかよ」
「うるっさいわね水泳バカ」
「またケンカかよ……」
本来出かけているはずの姉はまた恋人とケンカしたらしい。あまりにしょっちゅうだから、家族ももう何も言わない。それでも続いているんだから恋人同士というのは俺にはよく分からない。結局当人同士にしか二人の間のことは、わからないということか。
「それよりニュース。見て」
「なんだよ」
テレビには深刻な顔をした女性キャスターが映っていた。テロップには「高校生殺害事件」と見出しが出ている。
「珍しいなお前がニュース見てるとか」
「それよりこれ、うちの近くだよ」
画面は事件現場辺りに切り替わっている。よく見れば確かに見覚えのある風景だった。
「本当だ」
「しかも殺された高校生ってあんたと同じ歳なんだって」
「マジで」
にわかに気になり出してニュースをよく見ようとしたとき、ポケットの中の携帯電話が鳴りだした。テレビを見たまま電話に出ると、相手は同じ中学の同級生だった。
「おいお前ニュース見ろニュース」
「は?なんだよ」
「いいから見ろって」
ニュースでは事件の詳細が報道されている。殺害された高校生は、首に切り裂いた傷があったらしい。制服姿のまま市内のラブホテルで亡くなっているのが発見され……。
「おい、見たか?」
「今見てるけど」
「高校生がラブホで殺されてた事件」
「ああ今ちょうどやってる。地元だよな。知ってるやつだったりして」
「葵だよ!」
「え」
携帯電話を耳に当てたまま俺は呆然とテレビを見る。聞き流していた女性キャスターの声が急に明瞭に頭に飛び込んでくる。
ーー被害者は市内の高校に通う真田葵さん、18歳で、関係者の話では進路のことで悩んでいたとーー
「葵が……?」
「聞こえてるか?葵が殺されたんだって」
テレビでは顔を隠した葵の同級生がインタビューに答えている。真面目で大人しい、成績優秀な彼がこんなことになるなんて……ーー。
「やっぱりあんたの同級生なの?」
「葵が、殺されるなんて」
「信じられねえよ……」
隣から姉が、電話からは友人が話しかけてくるけれど俺はうまく聞き取ることができない。
葵が殺された?
テレビでは淡々とキャスターが情報を伝えていく。ーー犯行現場には男がおり、警察は現在その男を重要参考人として取り調べを行うとともに……
「そいつが犯人なのかなあ。でもラブホにいたってことはそういう関係だったってこと?同性同士の痴情のもつれとか」
「うるせーよ!」
どうしても抑えられなくなって俺は大声を上げた。電話の向こうで友人がうるさいと怒鳴っている。隣では姉が何かを言っているが、俺はどちらも無視した。一体なんだこれは。あの葵がラブホテルで男に殺害された?
「なんなんだよ……」
わかんねえよ、と俺と同じように情けない声を出した友人の声を呆然と聞くしかなかった。
「葵……」
最近では、俺は部活に葵は進学校で勉強にとお互い忙しくて、なかなか会う機会はなかった。前に会ったのはいつだっただろうか。その時は久しぶりだと笑い合ったのに、こんなことになるなんて。
同じ水泳部だった仲間とは、ただのクラスメイトよりも共有していた時間がずっと多い。特に、葵とは仲が良かった。その葵の名前を聞くだけで、必ず思い出す情景がある。それは今でもはっきりと思い浮かべることができた。
滴る水が濡らす、蛇と南京錠。
あれは中学最後の夏だった。今日みたいに蝉がうるさく鳴いている、夏の午後だった………。
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