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「この前、貸していたデジカメを見たんだけど、まだ全部データが残っていたよ」 「あれ、ちゃんとパソコンの中に移したのに……」 「ああ、それはね。データを移動したんではなくて、データをコピーしたことになっているんだ」 「……どういうこと?データを選択してフォルダの中にひょいって動かせば、なんかバーが出てきて、それが消えたら移動終了じゃないの?」 「違う違う。あれは、あくまで『コピー』だから」 「よくわかんない」 「それはね……」  父親がコピーと切り取りの違いを教えると、利香はなるほど、と言って納得をした。 「でも、それがどうかしたの?」 「ああ、いけない。話が脱線した。そうそう、利香が撮ってきた写真、いい感じのやつがあったから、いくつか貰ったんだよ」 「そうなの?」  いい感じ、と言われたのが嬉しかったが、そんなことで喜んでいると子供っぽいと思われるのが嫌で、あくまで平静を装って利香が返事をする。 「うん。でね、そこにあった写真を見て思ったんだけど、やっぱり睡蓮っていうのは、シャンバラになっているんだなってね」 「シャンバラ?」 「うん、シャンバラ。本当は、どこかの国にある王国を指す言葉なんだけど、その言葉を知らなかった人が、自分の勘で『シャンバラ』という言葉を作って、意味をつけたことがあってね」 「それって、どういう意味で付けたの?」 「相反するものが同じ空間に存在する、という意味さ」 「どういう場所なの、それ」 「例えば、わかりやすく言うなら水槽に入れられた水と油。絶対に混ざり合わない二つの物質は、互いに干渉せずにその場にいるだろう?」 「うん」 「それをたった一言で表すのが『シャンバラ』なんだよ」 「ふーん……」 「勿論、造語だから辞書にも載ってないし、知らない人に言ってもさっき言ったように、王国を思い出しちゃうだろうけどね」 「それで、それと睡蓮が何の関係があるの?」  またしても話がずれた様だったが、父はそれに気付いていないかのように、満足気に頷いて、話し始めた。 「睡蓮はね、泥の中で咲くんだ。魚の死骸や、枯れた草花を糧にして、水面に顔を出して、太陽を受けて、真っ白な花を咲かせる。あんなに綺麗な白さを持って生まれてきたというのに、その裏側には、いくつもの生物の死がある。醜と美が混在する場所を睡蓮が作り上げているんだ。だから、シャンバラみたいだな、って思ってね」 「ふーん……」  それだけ説明をし終えると、父は席を立って自分の部屋へと行ってしまった。  脇に置いておいた紅茶の入ったコップに口を付ける。すっかりと冷めてしまっていたが、クーラーの効いているこの部屋で飲むのには、ちょうどよかった。  コップの中を覗く。  さっき、台所で適当に入れた砂糖が少しだけ残っていた。それはまるで、利香の中に残っている『シャンバラ』という言葉のように思えた。
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