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 彼女はそこで、友人たちとしゃべっていた。  夏休みをいかにして過ごしたのか、どこに行き、何を着て、どうしたのか。クラスの中で何度も交わされた質問の一つが、そこにもあった。  彩音はしゃべることはなく、ただ友人の言うことに頷き、周囲の笑いに合わせて笑っていた。  笑うと、後ろで縛っている長い髪の毛が揺れて、まるで犬の尻尾が喜んでいるみたいに見えた。  どの教室にでもある光景。利香の思っているコピーアンドペーストのように量産された光景だった。けれど、利香はそこに違和感を覚えた。  風景ではなく、彩音という存在に。  彼女が笑う時、反応する時の態度が、周囲の人間と少しだけ違う気がするのだ。それは、少し見ただけではわからないような微細な態度だった。  どこか拒否反応を示している様なその態度が、不思議だった。  あの集団は、皆が仲良くやっている仲良し集団じゃなかったか。  そんなことを考えながら、しばらく彼女を見ていると、周囲にいた友人達が教室の廊下へ続くドアの方へと集団で歩き出そうとしていた。彩音もそれに誘われていたが、手をひらひらとさせて断っていた。その中の一人が「そっか」と言っているのが見えた。そして、彼女だけが残されて周囲にいた女子は全員が廊下へと出て行った。  その場に残された彩音(あやね)は、彼女達を見送ると、大きく息を吸い込み、ゆっくりと、誰にも気付かれないように吐き出していた。  メガネを中指で軽く上げ、自分の席へと歩いていく彼女の眉間には少し皺が寄っていた。  ほんの一瞬の中に、彼女が何かを隠しているのがわかった。しかもそれを、彼女は隠したがっていた。そして、その隠し事に、この教室の住人は誰も気付いていない。  利香は、その時、スケッチブックに睡蓮を描いてる時に父と交わした言葉を思い出した。
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