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「あ、ごめーん」
秋月の部屋に遊びに来ていた恋人が、床に置いたバッグを通りすがりに蹴っ飛ばす。
別に思い切り狙いを定めて蹴りを入れたというわけでもなく、実際バッグやその中身にダメージはないだろう。
単に行儀が悪いという意味合いの方が強かったのだが、まったく心の籠らない棒読みの謝罪を秋月は思わず咎めた。
「お前、その顔。絶対ごめんなんて思ってないだろ!」
「思ってないよ」
さすがに、正面切ってそんな返事が返って来るとは思わずに、秋月は二の句が継げない。
「だってさ、拓馬が悪いじゃん。なんでこんなもの載せてるんだよ!」
「……あー」
本橋が秋月に突き付けたスマホの画面には、可愛がっている後輩との2ショットが掲載された職場のチームメンバー間のSNS。
「いや、これは。こういうのは、あれだ、仕事仲間とのコミュニケーションの一環で」
(なんで俺は、こんな言い訳してんだ。これじゃあまるで、浮気現場を抑えられた間抜けな男みたいじゃないか)
そう思うなら堂々としていればいいようなものだが、何故か本橋の顔色を窺ってしまう。その時点で、もう秋月に勝ち目はない。
「俺たちの仕事、チームワークが大事じゃないか。ナオもわかってるよな? だいたい、疚しいことがあるならこんな大っぴらに公開するわけないだろ。男同士だぞ? よく考えてみてくれよ。な?」
「……わかってるよ。俺だって、拓馬が浮気してるなんて思ってないから。拓馬って、意外とそういうの隠すのヘタそうだし。すぐバレる嘘とか吐きそう」
信用しているのかそうでないのか、秋月にとっては何とも複雑なご意見だ。
「でも、なんかやなんだよ」
「そうだな、俺が悪かったよ。ちょっと無神経だったかもしれないな」
本橋のそんな正直な言葉に、秋月は冷静に返す。
「でもな、これからもこういうことはあるかもしれないから。もしナオが知ってれば安心するって言うんなら、載せる前に報告するよ」
「……うん」
本橋も、頭ではきちんと理解しているはずだ。それでも、感情を整理するためにも言葉にしておきたかったのだろう。
恋人が妬くのは、それだけ自分が愛されているから。秋月もそれくらいはわかっている。
だから、謝って機嫌を取るのがみっともないとは思わない。負け惜しみではなく、秋月はそう信じている。
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