記憶の断片

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「1983」 「え?」 「君はずっとそう呟いていたよ、1983」  目が覚めた僕の頭からヘッドギアを取り外し、彼はそう言った。  1983年  中学生だった僕に、彼女が背負った運命を変えることなど出来ず、彼女と別れることになった。それはとても悲しい永遠の別れだった。  あの3年間を僕は鮮明に思い出した。楽しかったことも苦しかったことも。そしてガタガタと震えながら嗚咽した。  例えそれが楽しかった記憶だったとしても、人生の歩みの中で落としたものならば拾い上げてはいけないんだと僕は思った。ましてや苦しかった記憶なら…言うには及ばないだろう。  楽しかった記憶なのに、それを悲しく感じてしまう。あの時の2人のことが悲しくなっていく。  苦しかった記憶は、さらに僕を苦しめる。  僕の震えは止まらなかった。精神のバランスが崩れたんだと思った。封印が解かれた記憶は大人になった僕を容赦なく打ちのめした。 「大丈夫かい?」  彼はコーヒーを出してくれた。  香りと湯気を吸い込むと僕は少し落ち着いた。 「取り戻した記憶は、この先どうなるんだい?」 「他の記憶と変わらないよ。人生の歩みとともに落としていって、いつかは断片になって、やがて消えてしまうんだ」  その時僕は、記憶が再び消えてしまう前に、あの3年間の物語をどれだけ辛くても書き記さないといけない、そう思った。  あの日から会うことの出来なくなった彼女のことを、これから先、再び会うことの無い彼女のことを、二度と忘れないために。  ーーー 了 ーーー
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