35:聖女は魔剣と一緒

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35:聖女は魔剣と一緒

 手紙が届いた。  全員分の返信がほぼ同時に。小さな奇跡であろう。  三人揃って、食堂で手紙を開いて読む。トーリスなどは、二通の手紙を何度も何度も何度も、読み返していた。  そしてまた彼のための、即興の「お返事の書き方講座」も開かれることになる。  今度は使用人トリオが、講師役を務める。 「ライエスの手紙には、基地で菓子作りを始めたと書いていた。司令官は、ぎっくり腰を患ったとあった」  生徒のトーリスが簡潔に、手紙の内容を報告すると。  ふふ、とモリーがはにかんだ。 「ライエス君ったら、そっちの方面に目覚めちゃったんですねぇ。可愛いです。あ、モリーがライエス君のお菓子を食べたがってるよ、と書いて下さい!」 「分かった」  サルドは腕を組んでうなる。 「司令官には、お体を心配する文章がよろしいかと……腰の具合も、一緒に尋ねるとなおよしですね」 「分かった」  一気に紅茶を飲み干したギャランも、アドバイスを送る。 「そうだトーリス。お前の近況も、ちゃんと書けよ」 「何がいいだろうか」 「この前、スラムでやった炊き出しなんてどうだ?」 「それはいい案だ」  トーリスは言われたことを、律義にメモしている。  書き記すそのノートも、やはりと言うべきか青い背表紙であった。これも、同族集めの一環であろう。  エシュニーはその光景を微笑ましく見つめながらつい、と視線を落とした。  彼女の手元にあるのは、両親から届いた手紙。 「父と母から、『元気にやっているのか、みなの顔が見たい』との返事が来ております」  そして、一同へ告げた。四人の顔が持ち上がり、エシュニーを見る。  彼らへ笑いかけて、エシュニーは言葉を続けた。 「ですので近々、実家に戻ろうかと思います。神官長の許可も、すでに取り付け済みですが。いかがでしょう?」  この提案に使用人トリオから、歓声が上がった。  帰るまでは面倒なのだが、いざそうと決まれば、結構乗り気になるのが帰省というものである。  いの一番に喜んだのは、意外にもギャランだった。 「ラルカにも教えてやんなきゃな。首都にある、ナントカってレストランに行きたいって、最近うるさくてよ」  金髪をかき回してはにかむ彼は、強面に似合わず愛妻家なのだ。  一つ手を打ち、モリーもキャッキャとはしゃぐ。 「わたしも、お母さんや友達に会いたかったんですぅ。嬉しいです、お嬢様!」  小躍りする彼女を見て、サルドも破顔。糸目をますます細めている。 「私も兄弟と、久しぶりに会いたいと思っていたところでした。ありがとうございます」  そしてエシュニーへ、深々と頭を下げた。  彼らが喜んでくれたことに、エシュニーも安堵する。 「いえ。みなさんに喜んでもらえて、よかったです」  微笑んだ彼女は、この出来事のきっかけであるトーリスを見つめる。  だが彼は、どこか寂しそうな顔をしていた。そのことに、小首をかしげるエシュニー。 「トーリス……どうしました?」 「なんでもない。帰省中の、留守は任せろ」  その顔のまま、彼はこんなことを口走る。 ──何か勘違いしてるな、この子。  だからエシュニーは忍び笑いをして、トーリスへ歩み寄った。そして彼の頬を優しくつん、とつつく。 「あなたも一緒ですよ、トーリス?」  きょとん、と赤い瞳が丸くなる。まだまだ起伏は少ないものの、彼もずいぶんと表情豊かになったものだ。 「僕も、行くのか?」 「ええ。だって私の友達でしょう? それとも、行きたくないのですか?」  少し意地悪く問いかければ、すぐに首が振られる。元気いっぱいに、ぶんぶんと。 「行きたい。エシュニーの育った街を見たい」 「なら、決まりですね」 「エシュニー」  微笑む彼女の手を、トーリスが握る。きらきらと、期待に満ちた深紅の目が、エシュニーへ向けられた。 「エシュニーが暴れ牛に乗って走り回った場所も、見に行けるのか?」 「おい、誰に聞いた、その話」  エシュニーの機嫌が急降下する。  暴れ牛騒動とその顛末(てんまつ)を知る三人が、ほぼ同時に噴き出した。 「ギャランに聞いた」  そしてトーリスは堂々と、その首謀者を売る。  頬を引きつらせるギャランへ、エシュニーが振り返った。その表情は、暴れ牛など比にならぬくらい、恐ろしいものであった。 「悪魔だ」 とつぶやいたのは、誰であったか。 「ギャラン! この話はするなって言っただろうが!」  大股でエシュニーが詰め寄る。  ギャランが「ひひひ」と、小悪党めいた笑い声をあげながら逃げる。  エシュニーの歩調が、どんどん速くなる。  さして広くもない食堂を舞台に、不毛な追いかけっこをする二人を、トーリスは眺めていた。  彼の口元には、優しげな笑みが浮かんでいる。
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