34:魔剣は照れる

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34:魔剣は照れる

 全員で裏庭へ向かい、旅立つアリバスとライエスを見送る。 「皆さん、色々とありがとうございました。それから、エシュニー様には、その……本当に申し訳ありませんでした」  ライエスは使用人トリオ一人一人の手を握りつつ、エシュニーにはへどもどと頭を下げた。 ──許さん!と言いたいところだけど、反省してるし、悪い子ではないし。こっちも大人になろう。  そもそも泣きそうな顔で謝られて、すげなくできるほど、エシュニーは鉄面皮でも冷血漢でもない。根本がお人好しなのだ。 「いいえ、こちらこそお怪我をさせてしまい、すみませんでした。また、遊びに来てくださいね」 「ありがとうございます!」  笑顔で返せば、安心しきった表情になった。つくづく、兵器らしくない兄弟だ。  ライエスは次いで、トーリスの手も握り、ぶんぶん振り回した。脱臼しそうである。 「兄上! また遊びに来てもいいですか?」 「事前に知らせろ。急は色々と困る」  相変わらずの淡白さながらも、かすかにうんざり顔だ。今回エシュニーと並んでの被害者でもあるので、そりゃそうだろう。いや、ある意味では一番の被害者か。  しかしめげない弟分は、笑顔のままだ。 「はい! ありがとうございます!」 「あと、手紙の返事もほしい」 「もちろんです!」  熱望する手紙の返事も快諾だったので、トーリスの顔から険も取れる。  エシュニーたちと別れの言葉を交わしていたアリバスも、ライエスの隣に立って、トーリスを見る。 「色々とすまなかったな、トーリス」  そう言いつつ、彼はトーリスの肩をぽんぽん、とねぎらうように叩いた。  一方のトーリスは「全くだ」と言いたげに、彼の顔を見返している。元教え子の仏頂面に、アリバスは微苦笑した。 「詫びの品も、是非考えておいてくれ」 「──修繕費」  ぽつり、とトーリスがつぶやいた。 「む?」  少し首をかしげるアリバスを、トーリスはじっと見る。一歩前へ出ながら。 「神殿の廊下の、修繕費がいい」 「詫びの品に……か?」 「そうだ」  うなずく彼に、アリバスは苦笑する。 「それはもちろん、言われずともこちらで建て替えるつもりだったが……何か個人的に、欲しいものはないのか?」  それは言外に、「もっと私を頼ってくれないのか?」と縋っているようでもあった。  しかしトーリスは首を振る。 「あとは手紙の返事しか、いらない」 「そうか、そうか! 相変わらず欲のない奴だな!」  どこまでもマイペースな彼の主張に、いっそアリバスは豪快に笑った。 「分かった、修繕費の手配と併せて、手紙の返事も早急に書こう。楽しみに待っていてくれ」 「分かった。ありがとう」  そうして二人が乗船すると、降りて来た時同様、飛行船は音もなく浮きあがってそのまま遠くへ消えた。  雲一つない澄んだ空を、同じ髪色を持つトーリスは静かに見上げていた。  その彼の隣に、エシュニーが立つ。 「エシュニー」  気付いた彼が顔を下ろすと同時、だった。  エシュニーが彼に抱き着くのは。 「エシュニーっ?」  トーリスが珍しく、うわずった声を上げる。  しかしそれにもお構いなく、エシュニーは彼を抱きしめ、あまつさえ頬ずりした。 ──うおおおお! 修繕費、修繕費、修繕費ー! 「ありがとう、トーリス! 修繕費の工面に、本当に困っていたのです! ありがとうございます!」  エシュニーの胸にあったのは、修繕費のことを言及してくれた彼への感謝。ただそれだけであった。  彼女がいくら跳ねっ返りとはいえ、爆破したのは自分であったため、アリバスへ言い出せずにいたのだ。  彼女の抱擁と頬ずりにびっくりして、トーリスは無意味に手を上下させながら、キョロキョロと周囲を見る。  その様に、ギャランが笑った。 「心配すんな。ドッキリじゃねぇからよ」 「分かった」  かすかにうなずいたトーリスは、涙ぐんで喜ぶ彼女をそっと抱き返す。嬉しそうに目も閉じて。 「尊いっ」  よだれをたれ流して、その光景に見入っていたモリーがとうとう、また卒倒した。  いつかのように、サルドが慌てて彼女を受け止めた。 「モリーさん、せめて受け身を覚えてくださいっ」  温和な顔は、どこか呆れているようにも見えた。  ややあって、薄目を開けたトーリスがぽつり、と言った。 「エシュニーが赤くなる理由が、分かった」 「え?」  エシュニーが顔を持ち上げると、 「これは、とても照れる」 真っ赤になったトーリスが、そこにいた。 「ちょっと、そんなに赤くならなくても……」 「無理な相談だ」  ぷい、と照れた顔がそっぽを向いた。その際のトーリスの破壊力たるや、女性を皆一撃で仕留められる威力であった。 ──可愛すぎるだろ、お前はよぉぉぉぉー!  彼の照れが伝染し、赤くなったエシュニーはそう胸中で絶叫する。  そのまま彼から身を離そうとしたのだが──離れない。がっちり、トーリスにホールドされていた。 「トーリス、離れますから。手をほどきなさい」 「それは嫌だ」  そっぽを向いたまま、そう言われる。  羞恥心が極限まで高まったエシュニーは、この甘々しい状況に、耐えることができなかった。 「わがままか、お前は!」  たまらず吠えるエシュニーに、ギャランとサルドが噴き出した。
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