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「踊りが上手いな」
「身体を動かすことは好きなので」
不便な村で鍛えられた脚力は、蝶よ花よと育てられた貴族令嬢には真似出来ない。複雑なステップも激しい動きもお茶の子さいさいだ。
褒められて鼻高々なベルは、ザハルと踊った時以上の熱心さを持って、媚びビームを連発する。
「パッドはやめたのか」
「ええ。バレてますので」
相変わらず目敏い王様だ。
ベルのささやかな谷間を覗き込む不埒な視線を避けないのはワザとだった。
誘惑するほどのものじゃないけれど、好きな相手が自分以外に欲を向けているのを許せる女は少ないという、ベル渾身の発想である。
「なるほど。ザハルは童貞を卒業したのだな」
「ほほほ。……えらい目に合いましたよ」
下世話な会話も平民出身のベルはなんなく返す。
王様の目が面白そうに笑み、つられて微笑みを浮かべれば背を支える腕に力が込められた。
「なら、私も遠慮しなくていいわけだ」
「どうでしょう……手慣れた王様相手に初心者の私は荷が重いと思いますが」
「大丈夫。優しく手解きしようじゃないか」
「ご冗談を……」
あれ?
マズイぞ。
踊りながらだんだんと近付く美麗な顔に青褪める。
まさか煽り過ぎたのか。
逃げようにもガッツリ抱き締められてるし、女慣れした指先に顎を掴まれて迫り来る顔面凶器になす術がない。
「なぁ、聞きたいんだが、猿知恵を働かすヤツにはお仕置きが必要だと思わないか」
「へ?!」
「お前の思惑に乗るのも悪くないが、それよりももっといい仕置きを思いついた」
「んぎゃあっ!!」
音楽が終わる目前、ベルの頬に王様の唇が触れた。
ブチューーーッと。
それはもう濃厚に。
「私とシャルの件を知ったそうだが、私を謀れると思ったら大間違いだ。次はない」
離れ間際の囁き。脅しとも言う。
思わず殴ろうとしたベルの手が止まる。
その止まった手は瞬時に背後に引かれた。
「はぶぅっ!!」
引かれた同時に頬をこれでもかと擦られる。
痛い痛い痛いっ!!
何をするっと思ったが、その相手を見て固まった。
ザハルである。
開き切った瞳孔でベルの頬を凝視して、手触りがなめらかなシルクのハンカチが火を噴く勢いでゴシゴシ、ゴシゴシゴシと執拗に拭っている。
「やれやれ、ほんの戯れじゃないか」
「……」
「ああ、その、悪かったな」
「……」
ザハルは答えない。
と言うか王様を視界に入れてもいない。
見つめるのはベルの頬。
ザハルにより赤く腫れ上がった頬のみである。
さすがに王様もこの事態は想定していなかったようだ。ザハルの嫉妬に火を点けてベルを懲らしめてやろうとしただけなのに、嫉妬が狂気を産んでしまっている。
「……薔薇の間。三日の休暇。それで手を打て」
「一週間です」
「倍以上じゃないか。それは、」
「一週間は譲りません」
「……分かった。これが部屋の鍵、」
言い終わらない内にザハルは王様から鍵をぶんどった。はい不敬。大いに不敬だけど、寛大な王様は肩をすくめるだけで咎めない。
ベルを抱き上げたザハルはすぐさま踵を返し、こちらを遠巻きにしていた貴族の間を足早に抜けていく。
「無茶するなよ!」
王様の忠告にベルは我が身に降りかかる惨事を知った。
ちょっと! 降ろして! 降ろしてくれ!
しかし、ザハルの縛られたいか、という恐ろしい問い掛けに口をつぐんだ。
一週間後、機嫌がすっかり治ったザハルがベッドに沈む愛妻ベルを愛おし気に見つめていたとさ。
( 完 )
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