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5 (後)
二十分程車を走らせると、目的の小学校に到着した。正門付近では三十歳代くらいのジャージ姿の男性が一人、腕時計で時間を確認しながら佇んでいる。もしや彼が通報した教師だろうか……。
徐行で正門に近づくと、ジャージの男はこちらを見て走り寄ってきた。律樹は運転席側のパワーウィンドウを半分ほど開ける。
「もしかして、あなた方が〈狩人〉ですか?」
「はい、そうですが」
「ご案内します。車はこちらへ」
そう言うと彼は正門の内側へ入り、左手にある校舎の脇を手で指し示す。ちらりと目をやるとわずかな駐車スペースに車が数台停められていた。指示に従って駐車場に入り、空いているスペースに駐車すると、二人は刀を手に取って車を降りる。
「乗せていただいてありがとうございました」
碓氷はペコリと頭を下げて礼を言う。
「気にしなくていい。――アレは持ってるんだよな」
「ええ、もちろんです。そういう久永さんはちゃんと持って来たのですか?」
「まぁ、一応な」
律樹は薄い青紫のマントコートのポケットから、外装を強化された小型の高性能サーモグラフィーカメラをちらりと見せる。世間には流布されていない情報だが、〈忌み人〉は生きている人間よりも体温が10℃ほど低く、サーモグラフィーを使用すれば見分けることができる。世間にこの情報を公開しないのは、一般人がいたずらに〈忌み人〉に近づいて事件に巻き込まれるのを防ぐためと聞いているが、そのうち気が付く人も出てくるだろう。
サーモグラフィーを再びポケットの底に押し込むと、ジャージの男性が落ち着かない様子で律樹に話しかける。
「あの、実際に飼育小屋を見て行かれますか?」
「はい、一応お願いします。――あの、大丈夫ですか?」
「えっ、何がですか?」
「いえ、さっきから落ち着きがないように見受けられたので」
「ああ、すいません。〈忌み人〉による事件が起こるようになってから、保護者の方々に『くれぐれも子どもたちに問題が起こらないように気を付けてくれ』と釘を刺されているんですよ」
「なるほど、そうでしたか。――心中お察しします」
「まさかこんな世の中になるなんて思ってませんでしたよ。まぁ教師なんていつの時代も損な役回りですけどね。――あっ、飼育小屋はこちらです」
彼は苦労話をこぼしながらも、丁寧な対応で飼育小屋までの道を案内してくれた。校舎と校舎の間を通り、二階に架かる渡り廊下をくぐると、周囲から活発そうな子どもたちの声が降り注ぐ。時々見える子どもたちは、真っ白な給食着にマスクをしており、どうやら今は給食の準備をしているらしい。
にぎやかな校舎の間を抜けると、レンガを積んで造られた花壇や名前の書かれたシールが貼られている小さなプランターなど、植物が並ぶ空間が見えてくる。その一角に飼育小屋はあった。四方の壁が金網でできているシンプルな小屋の中では、数羽の小さな白い兎が鼻をひくひくと動かしているのが目に入る。
「ここが飼育小屋です。今朝、私が自分のクラスの花壇を見に行くと、私のクラスの教え子の一人が、そこの飼育小屋の中にいる鶏の首にハサミを突き立てていたんです」
律樹が再び飼育小屋に目をやると、見えにくいがたしかに兎の居住空間の隣に、フェンスを隔てて茶色い羽毛の鶏も数羽、小屋の奥の方でうずくまっていた。さらに小屋に近づいてみると、土の上に寝そべるウサギや、バットに敷き詰められた餌をついばむ鶏の姿がよりはっきりと見える。
「かわいいウサギさんたちですね」
「うわっ、びっくりした!」
突然耳元で碓氷に話しかけられ、心臓が飛び跳ねる。いつの間にか、背後に忍び寄られていたらしい。
「ああ、すみません。驚かすつもりはなかったのですが」
そう言うと、碓氷は律樹の前に出て、飼育小屋の中をじっくりと観察し始める。彼女の行動につられて、律樹もじっくり小屋の中を観察するが、見えるのは乾いた土に動物の餌、三羽の白い兎と二羽の茶色い鶏だけで、何も変わったところは見当たらない。
しかし変わったところがないゆえに、一つだけ気になる点はある。
「首にハサミを突き立てた割には、どこにも血痕がありませんね」
さりげなく疑問を口にすると、男性教師は少し悲しげな表情をしながら口を開く。
「子どもたちに動物の凄惨な死を見せる訳にはいかないですからね。今朝の時点で鶏の遺体はそこの花壇の脇に埋めてあげて、血は兎小屋の方にも流れていたので、そこの土を被せて隠しました」
教師は花壇のそばに積まれた土の山を指差しながら言い、さらに付け加える。
「僕もここの動物たちのことは可愛がっていたので、本当に残念です。――どうして僕の教え子はこんなことを……」
彼が歯噛みするように言う。たしかに、教え子が動物を惨殺し、その処理をしなければならないなんて残酷すぎる。その上保護者からの口うるさい注文もあるとは......。彼の言う通り教師は、給料に見合わない損な役回りなのかもしれない。
律樹が教師に同情していると、飼育小屋の中から碓氷が出てきて言う。
「〈忌み人〉は理性を失い、自らの欲にのみ従って行動します。子どもが〈忌み人〉化した場合、善悪を無視した好奇心に従って行動するケースが多いんですよ」
教師がごくりと唾をのむ。今の碓氷の発言で理解したようだ。彼のクラスに混じっている幼い〈忌み人〉は、好奇心が命じれば人間ですら手に掛ける恐れがあるということに。
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