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6 (前)
「きょ、教室に案内します」
居ても立っても居られないといった様子で、教師は早歩きで校舎へ向かった。律樹と碓氷は目配せをして、彼の後を追う。
「碓氷さんは、子どもの〈忌み人〉を手に掛けたことはあるのか?」
彼の後ろを追いながら律樹が問いかけると、彼女は顔を伏せながら言う。
「一度だけ。――できれば私も、もう幼い〈忌み人〉を手に掛けることはしたくないですね。〈忌み人〉でも生きている人でも、元々こどもというのは自らの好奇心に忠実なものですから」
「そうか……」
そうこうしているうちに、教師は先ほどくぐった渡り廊下の一階部分から校舎に入り、二人に来客用のスリッパを用意してくれる。サイズの合わない緑色のスリッパに履き替えると、給食の匂いがする校舎内に足を踏み入れる。
「あの、くれぐれも子どもたちの前での処刑は勘弁してください」と、教師は廊下を進みながら懇願する。
「もちろんです。我々とて鬼ではないので、そこは安心してください」
そんな非道なこと、できるはずがない。子どもはおろか、普通の〈忌み人〉ですら手に掛けたことがないのだから。
律樹はちらりと碓氷の方を見る。彼女はちゃんとわかっているのだろうか……
「あ、久永さん。私がこどもたちの前で処刑すると思っていますね。ひどいです。今自分で言ったじゃないですか。『我々とて鬼ではない』って。私はその『我々』の中に入っていないのですか」
「いや、すまない。君が心の中に抱えているものを知ってしまったからついな」
疑いの目を向けられ、律樹はたじろいでしまう。たしかに彼女は鬼ではないが、彼女の心の中には、常に怨嗟の声が響いているような気がしてならない。
「ここが、僕が担任を務めているクラスです」
廊下を右に曲がって二階へ続く階段を上り切ると、教師は左手側に伸びる廊下の一番手前にある教室を指差して言う。廊下には大人の膝上くらいの高さの水道が等間隔に配置されており、数人の子どもたちがネットに入った固形石鹸で手を洗っている。
肩にかけていた刀を無言で碓氷に手渡し、廊下の一番手前にある教室に近づくと、扉の上に二年一組と書かれたプレートがかかっているのが目に入る。昔懐かしいアルマイトの食器が擦れ合う音を聞きながら、教室の後方の扉に設置された小窓から室内を覗くと、子どもたちが机をくっつけて座っていた。
律樹は小学校の雰囲気にどこか懐かしさを感じながらも、今眺めている教室の中に〈忌み人〉がいるということを思い出し、気を引き締め直して室内を観察する。が、やはり多少観察したくらいで〈忌み人〉を見分けられるなら、初めから〈狩人〉たちは高性能サーモグラフィーカメラなど携帯する必要はない。
小窓から覗くことをやめ、廊下の端で心配そうにこちらを眺めている教師に手招きをする。
「どの子が鶏を?」
「あの子です」
障子に穴を空けるように、彼は扉に嵌められたガラス窓の一点に人差し指を押し当てた。その指先が指し示す先に目を向けると、周囲の子どもたちが談笑している中で、一人だけ誰とも口を利かずにただ黙々と給食のポトフを食べている子がいる。
初めて直接見る子どもの〈忌み人〉。本当に周囲の子どもと何も変わらないように見える。本当にあの子が、死の向こう側から戻ってきたのか……?
「教えていただき、感謝します。あとは我々に任せてください」
「お願いします」
深々と頭を下げると、彼は教室の中に戻って行った。教室の中から「せんせい! どこ行ってたの?」と無邪気な子どもたちの声が聞こえてくる。
律樹は薄い青紫のマントコートからサーモグラフィーカメラを取り出して起動すると、ガラス窓から教室で黙々と給食を食べている子どもへそれを向けた。カメラは問題なく起動し、熱を色で表した映像が液晶モニターに映し出された。が、映し出されたのは、にわかには信じがたいものであった。
「は? どうなってるんだ」
「何か問題でも起こりましたか?」
そばに駆け寄ってきた碓氷に、サーモグラフィーカメラが映し出したものを見せる。
「これは……。どういうことでしょう」
律樹は再びサーモグラフィーカメラが映し出した映像に目をやる。赤、オレンジ、黄色など、暖色系の色をした数人のシルエットが動く中、本来あるべき緑色をしたシルエットがどこにも見当たらなかった。
「〈忌み人〉がいない……?」
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