第一章  種子

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  2 (前)  「なぜ、〈忌み人〉処刑隊への参加を決意されたのですか」  二〇五〇年二月、スーツ姿の初老の男性が、都内のレンタルスペースに集められた〈忌み人〉処刑隊への参加(さんか)承諾(しょうだく)者に順繰(じゅんぐ)りと質問をしている。年齢、職業、参加理由など、簡単に答えられるような質問を。  そんな質問の無意味さに、律樹はあきれる。犯罪歴がないだけで素性の分からない一般市民に処刑の権限を与えるというのだから、むしろ志願した動機などは二の次で、一番に人間性を見るための適性検査をするべきだろう。  しかし、男は淡々とした様子で機械的に同じ質問を繰り返していく。そう、きっと彼は分かっているのだ。  見た目は生きている者と変わらず、我々と同じ言葉を話し、情報によると生前の記憶も完全に保持している。そんなまるっきり人間と同じ姿をした〈忌み人〉たちを殺せる人間しかここにはいない。まともではない、壊れた人間しかここにはいないということを。拒否できるはずの指名を受けているということは、つまりそういうことだ。  「久永(ひさなが)律樹(りつき)さん」  スーツの男が律樹の名を呼ぶ。  「はい」  返事をすると、その場にいた数人が律樹の方を向く。  「あなたの職業は?」  「警察官です」  警察官という言葉に反応したのか、また数人が律樹を見る。  「年齢は?」  「二十五です」  「なぜ、〈忌み人〉処刑隊への参加を決意されたのですか」  答えは決まっていた。  「俺は、この役目を誰かに委ねたことで訪れるかもしれない、最悪の未来を見たくないと思ったので、引き受けることを決めました」  ここに集められた人間が口にした動機に、律樹は共感できなかった。好奇心、復讐、正義感、承認欲求など、到底共感できないような理由ばかりが出てくるこの場で、最も人間らしいまともなことを言ったのは自分なのではないかとさえ思った。  だが律樹は気が付いていなかった。ここに集められた人間の中で、最も甘ったれたことを言ったのも、また彼であった。  「以上で質疑を終えます。――後ほど皆様には処刑用の武器をお渡ししますので、ひと月の間皆さまにはその武器の鍛錬を積んでいただきます。それからこれを必ずご一読ください」  そう言うと男は週刊誌ほどの大きさの白い冊子を配る。冊子には政府の声明のほかに、さらに詳しい注意事項や処刑隊への参加を決めた者の名簿などが載っていた。  律樹は冊子にざっと目を通す。処刑隊として登録された一般市民は男女合わせて五十人。北は北海道から南は沖縄まで、処刑隊員は日本各地に派遣されて〈忌み人〉に対処する。処刑隊員として一度登録された者は、いかなる理由があろうとも処刑隊を抜けることはできない。など、はじめは基本的な情報が載っていた。  処刑について。処刑には〈指令(しれい)処刑(しょけい)〉と〈遊撃(ゆうげき)処刑(しょけい)〉の二種類があり、〈指令処刑〉は一般市民からの通報を受けて、近くの処刑隊員が対応するもので、〈遊撃処刑〉は処刑隊員が偶然〈忌み人〉の犯罪に出くわした場合その場で対応する、というものだそうだ。  さらに精読すると、いずれにせよ処刑の際は〈忌み人〉の急所を狙って即死させなければならないということまで書かれていた。当然、〈忌み人〉たちがなるべく苦しまないための配慮なのだろうが、一般人が的確に急所を狙って殺害することができるのだろうか……。  続いてページを(めく)ると、驚くべき記述が律樹の目に飛び込んでくる。それは、〈指令処刑〉も〈遊撃処刑〉も、成功すれば報酬(ほうしゅう)金が支払われるというものであった。しかもその金額は今の職を手放しても二、三回処刑を行えば半年は食っていけるような金額だった。  「皆さまお読みいただけたようですね。――それではこちらを」  男が手をかざす方に視線を向けると、律樹は思わず息をのむ。同じようにその場にいた数人が唾を飲み下すような音が聞こえる。  手をかざした先では数人の政府職員によって、数え切れないほどの拳銃や刀などが長机の上に並べられている最中であった。法治国家ではまずお目にかかれない武器の数々に、その場にいた全員が圧倒される。  「どれを選んでも構いませんが、できれば男性の方は銃器ではなく刀剣を選んでいただき、女性の方には刀剣ではなく銃器を選んでいただきたく思います」  なるほど、理に(かな)っている。男性であればある程度重い刀でも扱うことができ、女性は銃器を扱うことで速やかに処刑を行うことができる。  律樹は立ち上がり、武器が並ぶ机に近づく。刀はすべて日本刀、拳銃はS&WのM29、グロック、マカロフなど映画で見たことあるものが並んでいる。  そんな物々しい武器の数々を眺めているうちに、律樹はおかしな点に気が付く。刀は柄頭(つかがしら)に、拳銃はグリップに竜胆(りんどう)の花のようなものが刻印(こくいん)されている。  「あの、武器に彫られている竜胆の花は何ですか」  律樹がスーツ姿の男に訊ねると、周囲にいた数人も武器を眺めてから、スーツの男を注視する。わずかな沈黙を挟んで答えが返ってくる。  「それは我々の行為を正当化するものです」  「と、いいますと?」  「竜胆の花言葉には、『正義』というものがあるのですよ」  (おご)り高ぶった大義(たいぎ)名分(めいぶん)(にしき)御旗(みはた)。だが処刑を正当化する理由を、ほかに見つけることができる者はいなかった。
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