第一章  種子

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  2 (後)  充電器に繋いだままのスマホがにわかに振動し、三か月前の出来事から現実に連れ戻される。律樹は気だるげにベッドから起き上がり、スマホを手に取る。  「はい、久永です」  「久永さん、通報がありました。〈指令処刑〉の執行をお願いします」  「――俺にはできません」  「行ってください。今回も碓氷(うすい)さんを同行させますので」  じゃあ最初から彼女に任せればいいではないか、という言葉を飲み込む。  分かっている。この世界で〈忌み人〉に対処できるのは処刑隊に所属する人間だけ。にもかかわらず、〈忌み人〉を手に掛けることを(いと)うというのは矛盾している。〈忌み人〉の対処が遅れたら、遅れた分だけ被害が大きくなるのも分かっている。それでもいざ〈忌み人〉を目にすると、〈理性〉が欠けていること以外は生きている人と何も変わらない者たちを殺すことに、どうしようもない抵抗感を覚える。  「行ってください。詳しい場所はスマホに送っておきます」  電話の向こうの相手に念押しされ、律樹はようやく立ち上がると、ひとつ大きな溜息を()く。  「――分かりました」  通話を切り、夜空を切り取ったような黒をした桐箱を開けると、木の拵えの鞘に、茶色の糸で結束された柄、柄頭には美しい竜胆の花が咲いている刀が姿を現す。刀を手に取り、鞘を払うと、刃にも竜胆の刻印。  律樹は刀を鞘に戻して袋に納めると、袋の口を紐で縛る。着ていたTシャツの上から薄手の白いシャツを着て、ワイドパンツに穿き替えると、クローゼットの中から夏場にはそぐわない薄い青紫色のマントコートを取り出す。処刑隊員が執行の時に着用を義務付けられている隊服のようなもので、右肩には武器同様、竜胆の花の徽章(きしょう)が縫い付けられている。  暑さを我慢しながらそのマントコートを羽織り、刀袋を肩から掛けて玄関へ向かう。  滞りなく準備をしていたが、動きやすいスニーカーを履いたところで、いつもの億劫さが律樹を襲った。結局、〈忌み人〉をこの目で見てしまうと、自分では処刑なんてできない。それどころか、今まで一度も刀を抜けたことすらない。こんな中途半端な人間に何ができるのか……。  ぎゅっと目を閉じて大きく首を振り、律樹は客観的に見た自分の情けない姿を頭の外へ追い出す。乱暴に扉を開け放つと、自分の住んでいる五階からアパートの階段を一心不乱に駆け下りた。  じわじわと額からにじみ出る汗を拭いながら建物から出ると、カラッとした午前の陽光に照らされながら、駐車場に停めてある自らの車を目指す。キーを取り出そうとワイドパンツのポケットに手を突っ込んだ瞬間、胸の内ポケットにしまってあるスマホが振動する。  「はい、久永で――」  「遅いです。〈指令処刑〉の執行命令が出ているというのに、一体どこで油を売っているのですか」  冷たく響く女性の声が、律樹の声を(さえぎ)るように静かにまくしたてる。向こうが名乗らずとも、その冷たい声だけで相手が誰であるのか判断するには十分だった。  「すみません、碓氷(うすい)さん。――今向かいます」
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