第一章  種子

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  4 (後)  碓氷の美しくもいびつな笑みと、一貫したおぞましい信念に律樹は寒気を覚える。それと同時に、いつか処刑という手段が間違いだったと人々は気づくだろう、と考えていた己の甘さを思い知った。彼女を見ていると、その背後で彼女を突き動かしている怨嗟(えんさ)の声すらも聞こえてきそうだ。 「軽蔑しましたか?」  あまりにも無邪気な表情で直球を投げられ、律樹は思わず彼女から視線を外してしまう。別に軽蔑などしていない。ただ彼女の中に見え隠れしていた狂気にも近い執念が、その全貌を見せただけのことだ。  そう自分に言い聞かせていると、彼女のポケットから機械的なメロディが流れ出す。ポケットからスマホを取り出すと、碓氷はそれを耳に押し当てた。 「碓氷です。はい。そうですか。――はい、かしこまりました」  スマホを耳から離すと、彼女はじっと律樹を見据えて言う。  「今私が処刑した〈忌み人〉の遺体処理班が、もうすぐここに到着するそうです」  「そうか……」  もう処理班が来るのなら、自分たちの出る幕はない。  律樹が碓氷に背を向けて団地から立ち去ろうとすると、彼女はその背中を呼び止める。  「待ってください。まだ話は終わっていませんよ」  「なんだ?」  「新たな〈指令処刑〉の指示が来たので、久永さんもお手伝いをお願いします。場所はここから五キロ地点にある小学校だそうです」  「小学校? なんでそんなところに〈忌み人〉が……」  「通報はその学校の教師からだったそうです。長らく入院していた一人の生徒が先週から戻ってきたそうなのですが、その生徒が学校の飼育小屋で飼われている動物にハサミを突き立てているところを目撃した。――と」  まさか……。  「久永さん、今回の〈指令処刑〉の対象は、の〈忌み人〉かもしれません」  「待ってくれ。たしかにおかしな行動だが、まだ〈忌み人〉だと決まったわけじゃないだろう」  「それを確かめるためにも、私達が行かなければならないでしょう」  律樹が反論できずにいると、碓氷が周囲をきょろきょろと見渡しながら訊ねてくる。  「久永さんはここまでどうやって来たんですか?」  「自分の車だけど……」  「じゃあ丁度いいですね。次の場所まで私も乗せていただけますか」  「まぁ、いいけど。――碓氷さんはここまでどうやって来たんだ?」  「電車です」  「――は? 刀を提げて電車に乗ったのか」  「あら、いけませんか? 私の刀は(つば)が無いので刀袋に入れていれば案外周りからは分かりませんし、そもそも処刑隊員は電車を使ってはならない、なんてルールはどこにも記載されていませんでしたよ」  彼女の言動から薄々感じ取ってはいたが、碓氷は少し常識が通用しないところがある。当然電車を利用してはならないというルールはないが、処刑前はなんとなく人の目を避けて移動したくなるのが普通だと思っていた。彼女には、今日だけでいろいろな普通を覆されている。  「まぁいい。そこの駐車場に停めてあるから少し待っていてくれ」  「わかりました。団地の入口で待っていますね」  駆け足で団地の外の駐車場へ向かい、愛車のロックを外すと、ここへ来た時のように後部座席に刀を寝かせてキーを回す。ステアリングを切り、団地の入口まで車を回して碓氷を拾いに行くと、彼女は言葉通り団地の入口で待っていた。  「待たせてすまない。ナビを頼めるか」  「任せてください。最短ルートで行きます」  助手席に乗り込み、律樹と同じように後部座席に刀を寝かせると、碓氷はカーナビに搭載(とうさい)された音声のようなことを言う。予想だにしていなかった二件目の通報により、気まずいドライブが幕を開けた。
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