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5 (前)
「なぁ、病院とかで死者が〈忌み人〉になったとき、どうして医師たちはその場で亡くなった人たちが動き出さないように対処しないんだ?」
沈黙からくる気まずさを紛らわせるため、隣に座る碓氷に質問を投げかけてみると、予想に反して彼女は的確な答えをくれた。
「以前私が聞いた話では、いまだに亡くなった人が〈忌み人〉になる原因が分かっていないので、病院側は亡くなった人が目を覚ましても即座に〈忌み人〉になったと断定できないのです」
「つまり――?」
「つまり、目を覚ました人が全員〈忌み人〉となってしまったとは限らない、と考えてしまうようです。それこそ、メディアが『奇跡の蘇生』と言ったくらいですから、医師たちは〈忌み人〉化と同じくらい、奇跡の回復という可能性を捨てられないみたいです」
「それで理性の有無を見極めるための猶予を与えると、遺族が勝手に連れだしてしまったり、殺されることを恐れた〈忌み人〉本人が脱走するってシナリオか」
「ご名答です。それで野に放たれた〈忌み人〉たちは、生前に有していた理性の鎖を引きちぎり、本能の命じるままに行動しているというわけです」
うまく信号に引っ掛からずに坂を下り切ると、碓氷のナビに従って左折する。タイヤが摩耗しているせいか、車体が揺れ、助手席にある蓋の壊れたグローブボックスからガサガサと音が鳴る。
「ここには何を入れているのですか?」
グローブボックスの中身が気になったのか、碓氷は取っ手の部分を指先で触る。その拍子に蓋の壊れたグローブボックスが開き、中に入れていたものが雪崩を打って出てくる。
「あっ、なにしてるんだよ」
「す、すみません。少し触っただけだったのですが……」
碓氷はしおらしく謝罪すると、足元に落ちたものを拾い始めた。車検証、大昔に流行ったバンドのCD、ガソリンスタンドのレシートなど、手当たり次第に拾っていたが、突然ぴたりとその動きを止める。
「あら、これは――」
かき集めた車検証などを一度膝の上に乗せると、碓氷は足元に落ちている光沢紙のようなものを拾い上げて、そこに印刷されているものを眺める。仲睦まじい様子で肩を寄せ合い、こちらに幸せいっぱいの笑顔を向けている二人の男女の写真。
「久永さん、お付き合いされてる方がいるのですか」
「おい、勝手に見るなよ」
「すみません。つい出来心で。――でもよかったのですか? こんなに素敵な恋人がいるのに、私を隣に乗せたりして。ここはこの人の特等席なのではないですか?」
「気にしなくていい。そこに写ってるのは、俺が処刑隊に入ったときに別れを告げた元恋人だから」
「あら、すみません。――私、この車に乗ってから謝ってばかりですね」
そう言うと碓氷は先ほどのいびつな笑みとは別人のような愛らしい笑みを浮かべ、丁寧な手つきで、こぼれ出たものをすべてグローブボックスの中に収納する。こうして見ていると、先ほどの狂気じみた言動が嘘だったのではないかと思えるほど、碓氷は普通の大学生にしか見えない。
「運転中ですから、私のことをジロジロ見ずに前を向いていないと事故を起こしますよ」
律樹が眺めていたことに気が付いていたらしく、碓氷は咎めるように言う。
「すまん。――初めて君とこんな風に色々話したが、こうやって話してると普通の女の子なんだなと思って」
「――普通? 普通の定義について議論するつもりはありませんけど、たぶん私はもう普通ではありませんよ」
「そうかな? 君は処刑隊に入らなければ、ただの美人な女子大生として青春を謳歌していたんじゃないか」
「そうやって、先ほどの写真に写っていた女性も口説いたのですか?」
「まさか。俺は君を口説いてるつもりなんてない。――ただ、処刑の時に見せる氷の女王みたいな君しか知らなかったから、本当は笑ったり泣いたり怒ったり、そんな表情が普通にあるんだなと思っただけだ」
「ありませんよ、そんなもの。――あってはいけないんです」
碓氷は俯いて、さらに小声で言う。
「私の妹はもう、泣くことも笑うこともできないのですから」
その独り言を最後に、車内で碓氷が他愛のない話をすることはなかった。
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