ー要くんと秋冬春

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俺は午後もしっかりと役をこなし、晴々とした気持ちで空き教室で本を読んでいた。 俺しかいないこの教室とは打って変わって、外ではがやがやと呼び込む声や楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 「かなめくん〜!!」 静寂だった空き教室に、いつもの緩い声が響いた。 「遅かったな、おつかれ」 「ありがとーー、もう俺大人気〜」 そう言って橘は俺の隣の席に腰を落ち着ける。 今し方役を終えてきた橘は相変わらずビシッと決まっている。 ちなみに俺はもう背広は脱いで、ワイシャツにスラックスという制服に近い格好だからだいぶ楽だ。 「かなめくん、俺頑張ったよ〜」 「んーえらいえらい」 そう棒読みで伝えれば、ご褒美は?と言われて困惑する。 ご褒美なんてねーよ ぼんやりといつもとは雰囲気の違う橘を見つめていれば、それに気づいた橘は照れ臭そうに笑った。 「なーにかなめくん、そんなに見られると照れちゃうよ〜」 「いや、ほんと橘ってイケメンだよな、今日は特に。」 大人気なのも納得だわと素直な感想を伝える。 橘は一瞬面食らった顔をしたが、すぐにいつもの調子に戻った。 「なになにーもしかして俺に惚れ直しちゃった〜?」 「そうだな」 「...えっ?」 「あ?だからかっこいいって。ふつーに惚れ直すわ」 俺の言葉に橘は、なにそれずるい、、と顔を俯かせる。 その反応に俺もなに言ってんだろなと思った。 「わり、何でもない。今のなし」 「むりむり、もう順也くんの記憶に深く刻まれちゃったから〜」 「まあ橘は一度寝れば忘れるからいっか」 「ちょっとかなめくん〜?さすがに俺そんな馬鹿じゃないよー!」 いつものやりとりに、自然と笑みが溢れる。 今日一日気を張っていたせいか、橘の顔を見るとどことなく安心する。 日常に戻ってきたなと実感できるからっていうのもあるが、そもそもの話なんだろう。 「俺やっぱ橘のこと好きだわ」 「え、」 「まだ自分でもよくわかんねーけどな。 まあちゃんと答え出すからもうちょい待って」 「それはもう俺のことラブなんじゃ...」 「それは言うなよ」 空き教室に風が吹き込み、カーテンがふわりと膨らんだ。 「かなめくん」 「何」 橘は俺の名前を呼んだかと思えばゆるく笑みを浮かべる。 普段と雰囲気や格好が違うせいか、目の前にいるのがいつもの橘なのかと不思議な気持ちになった。 「やっぱいいや、なんでもない〜」 「なんだよそう言うのがいちばん気になんだろ」 「いいの〜」 相変わらずよくわかんねーな 「つーかいいの?もう15時だけど」 16時すぎには1日目の文化祭は終了する。 橘楽しみにしてたじゃんと続ければ、橘はゆっくりと首を横に振った。 「俺、こうやってかなめくんと一緒にいれるだけで満足しちゃってるや」 「...そんなもんか」 「うん、そんなもんだよ〜」 まあそれは俺もわかる。口にはあえて出さないが、橘さえいれば別に特別なことはしなくてもいい。 ふわふわと揺れているカーテンを眺めていると、橘が思い立ったようにスマホを手に取るのが見えた。 「かなめくん」 「何」 「せっかくだしツーショ撮ろ〜」 「嫌に決まってんだろ」 「つれないなあ...」 そう言いつつもスマホを手放さない橘は、俺の手を引く。 「なんだよ」 「はい、隙ありー」 次の瞬間、短くカシャリと音がする。 なんやかんや俺こいつの前だと隙だらけだな 「おい、公開処刑かよ」 「大丈夫、かなめくんちょーかっこいいから」 そう見えてんのは橘だけだろ。 そんなことを考えていれば、橘は見て見てーと今し方撮った写真を見せてくる。 「見せなくていいから」 「初めてのツーショット〜!待ち受けにしよー」 あーでも前のこのかなめくんの写真もお気になんだよね〜と無駄な悩みを抱えている橘を横目に見る。 「順也」 「え、なーにっ?」 橘がこちらを向く瞬間に無音のカメラでやつを捉えた。 夏休みは割と一緒にいた気がしたが、写真は一枚も撮っていない。 普段カメラを起動させるのも、橘に聞かれた勉強の解法を撮るときくらいだった。 「いつもの仕返し」 「もーー今俺変な顔してなかった〜?どうせならかっこよく撮ってよー」 文句を言う橘に、お前はいつも外見だけはかっこいいから大丈夫だろと伝えれば本気で照れられた。 いや突っ込めよ。 「それかなめくんも待ち受けにしていいよ〜」 「しねーよあほか」 初めて俺のスマホに収められた橘は、そりゃもう腹が立つくらいイケメンだった。 不意打ちでこれってすげーなと改めて感心する。 •••••• 橘とその後も駄弁り続け、結局文化祭はあっけなく終わった。 解散のアナウンスが流れるのを静かに聞く。 明日もあるからか、生徒たちが校内から捌けるのは意外と早かった。 「終わったな」 「終わっちゃったねー」 もう日が落ちるのも早くなってきた。 わずかに外は暗くなり始めている。 着てきた制服に着替えようとワイシャツのボタンに手をかけたところで、するりとその手を橘に取られ思わず目を向ける。 「かなめくん」 「どした」 手を掴んだまま机の間にしゃがみ込む橘に合わせ、俺も座る。 「で、どうした」 「やっぱり本当にかっこいい〜、今日は髪上げてるからいつも以上に男前だねー」 それを言うためにわざわざ座り込んだのか? それはどーもと適当にあしらい立ち上がろうとする俺を、また橘は制止する。 するとあろうことか橘はそのまま俺をその場に押し倒してきた。 おい床だから地味にいてーんだけど そのまま何も言わない橘をぼーっと見つめていると、ちゃんと抵抗しなきゃダメじゃないと笑われた。 いやお前が押し倒したんだろ 「他のやつなら死ぬ気で抵抗するよ」 「...俺ならいいの?」 「まあいいんじゃね」 「もう...」 俺の気のない返答にふっと笑ったかと思えば、橘はそのまま俺の首元に顔を埋めてきた。 もういつもの光景すぎて自然に受け止めてしまう。 「何?どうした、大丈夫か」 「大丈夫〜今日一日摂取できなかったかなめくん成分を補給してるだけだから」 返答が妙に橘らしくて、なんだそれと思わず笑ってしまう。 「重いんだけど」 「もうちょっとだけ〜」 「ほんとわがままだな」 「かなめくんは俺のわがまま許してくれるでしょー?」 「よくわかってんじゃん」 こんな光景誰かに見られたら俺の優等生生活も終わりだなと呑気に思う。 それでもされるがままになってるのは、どんなことになっても橘はそばにいてくれると自負してるからだろうか。 「橘」 「なあにかなめくん」 「...俺にも補給させて」 俺の言葉に何か言いかけた橘に、それを言わせることなく口を塞ぐ。 これもう俺、完全に橘のこと好きだろ。 自分でも笑ってしまうくらい答えは単純で、それでもあえて気付かないふりをするのは、俺のちっぽけな意地のせいだろうか。
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