ー要くんと秋冬春

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結局その日も文化祭は回らなかった。 橘に回らなくていいのかと聞いてみたが、この教室で過ごすのが一番ベストと言われ、なんだからしくないなと思う。 「体調でも悪い?」 「悪くないよ、何で〜?」 「いつもと違って大人しいから」 「ちょっとーそれじゃあいつも俺が落ち着きないみたいじゃん〜!」 え、違うの?と言えば橘は口を尖らせて文句を言ってくる。 ああいつもどおりか。 「橘、今日なんか予定ある?」 「えーなに俺にそんなこと聞くなんて珍しいね!今日はなにもないよ〜」 「...したらうち来ない?」 「え、やったー!いくいく!今俺もかなめくんち行っていいか聞こうと思ってたんだ〜」 今日は土曜日だから、明日は休みだ。 きっと俺は橘が何も言わなけりゃまた橘を泊めてしまうんだろう。 当の橘は俺からの珍しい誘いにすごく喜んでいた。 文化祭も終わり、クラスメイトたちは打ち上げだ何だと盛り上がっている。 俺にも声をかけてくれた人はいたが、ごめん予定があると言い教室をするりと抜け出す。 同じく後を追ってきた橘と合流し、帰路に着いた。 「なんか終わるとあっという間だな」 「でしょ〜かなめくんは何をあんなに嫌がってたんだか」 橘の言葉に、自分でもほんとだなと思う。 「文化祭楽しかった?」 「うん、すっごい楽しかったー!かなめくんの執事姿も見られたし、ツーショも撮れたし、一緒に過ごせたし〜」 俺のことばっかじゃんと飽きれる。 そんな俺に橘は、かなめくんは疲れちゃったかな?と聞いてきた。 「いや、俺も案外楽しめたよ。橘のおかげかもな」 俺の言葉に橘はぽかんとした表情をしてから、唐突にデレるね〜と茶化して笑った。 橘と一緒に家に帰れば、居間のソファでおじさんが寝ていた。 今日はおそらく朝方まで仕事で、これからまた仕事なんだろう。毛布をかけてから起こさないようにと静かに自室へと移動する。 「かなめくんのお父さんお疲れ様だね〜」 「んー体壊さなきゃいいけど」 別に金がないわけじゃないんだからそんな身を粉にして働かなくてもと思うが、本人たちは楽しいんだろう。 昔は俺がいるから家に寄り付かないのでは...とか下らないことを考えていたが、今となってはそういう人達なんだなと割り切れている。 実際仕事の話をしだすと2人とも止まらないし。 「かなめくん、はい」 自室に入ればすぐに橘は俺のブレザーを脱がせハンガーに掛ける。 甲斐甲斐しいその姿に、ほんと嫁みたいだなと思う。 でもそう甘やかすとロクでもない旦那が出来上がりそうだ。 「さんきゅ、でもそれ他のやつにやんなよ」 注意喚起の意味を込めてそう伝えれば、こんな事してあげるのはかなめくんにだけだよと言われる。 ...ならいいや。 適当にベッドに腰を落ち着けると、橘はいつものようにふざけて後ろから覆い被さってくる。 「...重いんだけど」 「かなめくんがか弱いんじゃなーい?」 「橘が重いんだろ」 そのまま俺が後ろに重心をやれば、軽々と倒れ込んだ。 2人で天井を仰ぎながらぼーっとする。 「かなめくん」 「何」 「11月入ったら修学旅行があるね」 「は?ああ、うん」 憂鬱だよなと返せば、何言ってんの楽しみでしょー!と笑われる。 「京都でしょ、奈良でしょ、大阪でしょ〜」 「学校のやつらと2日も一緒とかしんどいだろ」 事実、俺は過去の修学旅行もかなりしんどかった。 優等生モードも四六時中やってると口角が引きつってくる。 俺にとっては気の抜けない疲れる行事でしかなかった。 「かなめくんとおんなじ班だし、部屋も一緒だし〜かなめくんと旅行楽しみだよー」 別に俺だけと行くわけじゃないだろ。 橘と同じ班や部屋になったのも、橘くんは高橋くんにしか扱えないからね〜とクラス一致で決まったことだった。 いつの間にか俺たちはペアみたいな扱いになっている。 俺は正直望月や小島だよ!と関わらなければなんでもいい。 修学旅行は11月半ばだから、もうあと2週間もすればやってくる。本当に憂鬱だ。 「かなめくん」 「何」 名前を呼ばれ、天井を仰いだまま返事をする。 橘にそっと手を握られ、なんだよと目をやると、ばちりと視線が合った。 「俺がいるから大丈夫だよ、一緒に楽しもうね」 そう言われれば、なんだかんだ大丈夫な気もしてくる。 「そうだな」 修学旅行はいつも憂鬱だったが、今回は少しは前向きな気持ちで臨めそうだ。 ••••••• 適当に部屋で夕飯を済ませ風呂にも入り、もう寝る準備万端だ。 「もう寝る気満々!みたいな顔してるけど、ちゃんと髪乾かさなきゃだめだって〜いつも言ってるでしょー」 そう言って俺の髪をわしゃわしゃと拭いてくる橘は、まるで子供に小言を言う母親だ。 「めんどい」 「ほんとかなめくんって、いつもはしっかりしてるのにたまに子供だよね〜まあそんなところも可愛んだけど」 かわいくねーだろと思いながら、手元にある本に視線を落とす。 「それなんの本?」 「哲学」 「え、難しそう〜」 あからさまに嫌な顔をする橘に、今度貸してやるよと言えば絶対読まないからいいと断られた。 俺はふと本の内容を思い出す。 自己欺瞞って、もう俺そのものなんじゃね。 優等生でいることが正しいと信じて幼い頃から続けてきたが、今は正直惰性でやってるとしか言いようがない。 染み付いてしまったこの鎧を捨て去る時期を、俺は完全に見失ってしまっている。 考えるだけ馬鹿馬鹿しい。 きっと考えたところで、俺の今までを否定する結果にしかならないのは目に見えていた。 俺ってなんなんだろうな... 「かなめくん」 ぐるぐる考えていると橘に名前を呼ばれ、自然と上を向く。 「なーにまた考え込んでるの〜。ほら、髪乾いたよ」 「...さんきゅ」 なにも考えてなさそうな橘を見ていると、なんだか安心する。 しかしそれを言えばまた文句を言われそうなので、俺は小さく笑って体を伸ばした。 「よし寝よ」 「えっ、もう寝るの?まだ22時すぎだよ〜」 「じゃあなにすんの」 「もー、かなめくんはせっかちだな〜」 こっちおいで、と声をかけられ素直に橘の座っているベッドに上がる。 「寝ないの」 「眠いの?」 「まあな」 そんな俺を見て橘は小さく笑い、首の後ろに手を回される。 「かなめくん」 「首元でしゃべんな、地味にくすぐったいんだよ」 それでもなお首元で喋り続ける橘に、おいやめろと続ける。 「かなめくん、痕つけていい?」 「は、どゆこと」 「かなめくんの首筋に痕つけたいなーって」 橘の考えることは未だに訳がわからない。 「だめに決まってんだろ、誰かに見られたらどうすんだよ」 「見られたらどうするの?」 ふざけた質問をしてくる橘に、橘につけられたって言ふらすと続ければ、じゃあなおさら付けようかな〜と緩く返ってくる。 「...せめて見えないとこにしろよ」 「かなめくんってほんと俺に甘いよね〜」 「わかっててやるとか、タチ悪すぎだろ」 橘が離れたと思えば、優しく肩を押される。 そのままベッドに倒れ込むと、いきなり服を捲られた。 「さみーんだけど」 「色気なさすぎだよかなめくん〜」 笑いながらも手を退けない橘に、俺はもう何でもいいやと無駄な抵抗はしなかった。 橘が俺の腹のあたりに顔を近づけたかと思うと、ちりっとした痛みが走る。 こんなことしてなんの意味があるのか、ほんとわけわかんねー 「マーキング終わった?」 「もーかなめくんはほんとに〜」 満足げな表情を浮かべる橘に、そんなことしなくても俺が誰かに取られるなんてことありえねーのになと思う。 「あーあ、赤くなってんじゃん」 「えへへ」 えへへじゃねーよ その後もなんやかんや橘と戯れてると時刻も23時を回ろうとしている。 時間経つのはえーな 前の俺なら無駄な時間だと切り捨てていただろうが、今はそんなふうには到底思えない。 たった数ヶ月で人間ってここまで変わるんだなと天井を見上げながら呑気に考えた。
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