ー要くんと秋冬春

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寝不足のままバスに揺られ、やってきたのは東大寺。まごうことなき奈良だ。 橘はバスの中で爆睡していたから、いくらか元気を取り戻したようだった。 「か、かかかなめくん!みて!鹿!」 とりあえず落ち着け 見りゃわかる 「ほんとだ、鹿がたくさんいるね」 優等生モードの俺は優しいから、ちゃんとそれなりの反応をしてやる 「かわいいね〜かなめくんには到底敵わないけど」 おい、ぼそっと変なことを言うな のほほんと橘と鹿を眺めていると、突如望月が叫びだす。 「あーーーー!!!!鹿だ!!!鹿だぞ!!!可愛い鹿!!!!!!まあ俺には敵わないけどな!!」 望月も橘と同じような反応をしていて笑った。 ツアーガイドに先導されながら奈良公園を抜け、東大寺の目の前まで来る。 いざ目の前にすると迫力あんな 再建されたとはいえ、やっぱすげーわ 俺が感心していると、いきなり望月に腕掴まれる。 「かなめ!!!!写真撮ろーぜ!!!!」 うわなんだよ絡んでくんじゃねーよ 内心青筋を立てそうになりながら、必死に優等生スマイルを取り繕う。 「ごめんね、俺今忙しいから」 自分でもわけのわからない理由で断ろうとすれば、たちまち望月は怒りだした。 「忙しいわけないだろ!!!俺と一緒に写真撮りたくねーのかよ!!?」 うんそうだよ、と言いそうになって寸でのところで堪える。 「...わかった、いいよ」 「ほんとか!!?やったーーー!!龍樹、早く撮れよ!!!お前ほんと気がきかねーな!!」 お前なんでそんな偉そうなの?と思いつつ、カメラマンが小島だよ!であることに微妙な気持ちになる。 俺はせめてもの抵抗として、シャッターが押される瞬間優等生スマイルをオフにした。 望月は謎にインスタントカメラだから、現像するまでは安泰だろう 写真を撮ったらすぐにクラスの列に紛れ込み身を隠す。 そのまま流れに乗って大仏の目の前までやってきた。 「かなめくん、大仏おっきーね」 「そうだね」 「ほんとすごいね〜」 「そうだね」 橘とあほそうな会話をしつつ、時間になればバスに戻る。 次は大阪、そこをクリアすればもう帰るだけだ。 大阪では道頓堀の商店街の前でバスから降ろさる。ここからは自由行動の予定になっていた。 「かーなめくん!たこ焼き食べいこ!」 楽しそうにしている橘について行き、王道の大阪観光をした。 グリコの前でグリコポーズを決め写真を撮っている女子グループを横目に、気まぐれに橘をカメラに収める。 「あーかなめくん!撮るなら言ってよ〜、かっこよく写れないじゃん!」 不満そうな橘に、大丈夫大丈夫と適当に返す。 「これで橘の記念すべき3枚目の写真が俺のスマホに収められた、ありがたく思えよ」 小声でそう伝えれば橘は、えっまだ3枚目なの...と本気でショックを受けている様子だった。 いや、そもそもお前が撮りすぎなんだよ 橘とふざけながら観光していればあっという間に帰りの時間となり、速攻で新幹線に乗り込む。 行きと同じで隣の席は橘だ。 みんな疲れているのか、新幹線の中は異様に静かだった。 そんな中、何か気になるものを見つけるたびに「おい見ろよ!!!!」と隣で寝ている一匹狼(笑)を叩き起こす望月はすごく目立っている。 あんなことされようもんなら、俺はぶちぎれるけどな 隣の橘に目をやればぐっすりと眠っている。 それでも俺と橘の間にカーディガンを掛けて手を繋ぐ様に、ちゃっかりしてんなこいつもと笑った。 ぼーっと車窓から見える景色を眺めていたが、途中で眠くなり目を瞑る。 ••••• 「かなめくーん」 手を引っ張られ、顔を上げれば橘と目が合う。 「東京駅着いたよ〜お疲れ様!」 ああ、終わったんだなやっと 新幹線を降り、教師の解散!と言う声に、改めて解放されたことを実感する。 意外と早く終わったなと思えるのは、橘のおかげだろう。 クラスの奴らに適当に別れを告げ、橘と帰路に着く。 「橘どう考えても土産買いすぎだろ」 俺が家族とバイト先用に2箱買っただけなのに対し、橘は八橋5個、たこ焼き煎餅1個、なんとかの恋人2箱と大荷物だ。 つーか何気に八橋増えてんじゃねーか 「だって全部美味しそうだったんだもん〜あとで一緒に食べようね!」 ああ俺も食べんのかそれ 修学旅行でここが楽しかった〜また行きたい〜といった橘の話をうんうんと聞きながら電車に乗っていると、俺の降りる駅に着く。 「じゃーな」 そう言って席を立った時、橘に声をかけられた。 「かなめくん、明日お家お邪魔していーい?」 その言葉に俺は小さく頷いてから電車を降りた。 やっと帰ってこられた... 自室に入った瞬間、ベッドに雪崩れ込む。 色々あったが、なんやかんや楽しめていたような気がする。 癪だが橘に感謝だな その日は本当によく眠れた。 •••••••• 昨日爆睡したおかげで、かなりすっきりとした気持ちで日曜の朝を迎えることができた。 やっぱ家が1番だわ 橘からは10時過ぎに連絡があり、昼頃には着くよ!とだけ書いてあった。 勉強しながら待っているとチャイムが鳴らされる。 橘を自室に通せばすぐに抱き締められ、そのまま腕を引かれベッドに倒れ込んだ。 「あぶねーだろ」 「ごめん〜つい」 ついじゃねーよと思いながらも、周りを気にせず橘と接せられるこの状況に安堵する。 「修学旅行楽しかったけど、ある意味俺には拷問だったなー」 「どういうことだよ」 「だって他の人いるからかなめくんとイチャイチャできないんだもーん」 それは当たり前だろと思いつつ、なんとなく橘の髪に手を伸ばす。 この黒い襟足が俺はわりと好きだ。 顔だけはいい橘にはよく似合っている。 「かなめくんくすぐったいよー」 「我慢しろ」 橘の文句など気にせずそのまま髪を梳く。 橘の頭の後ろに手を置いてそのまま引き寄せれば、橘は簡単に腕の中に収まった。 「んーーかなめくん〜」 「どうどう」 いつものようにぽんぽんと背中を叩いて、やっぱこれが一番落ち着くなと再実感した。 「かなめくん」 「何」 橘に名前を呼ばれ、いつものように返事をする。 しかし橘はそれ以上なにも言ってこない。 不思議に思って顔を覗き込めば、あろうことかそのまま唇を奪われた。 咄嗟のことでうまく反応ができない。 いやいやがっつきすぎだろ 慌てて胸を押し返そうとするが橘の力は強く、 抗えぬままやつの舌を受け入れる。 なんだよ、 また余裕のない表情を見せる橘に、こいつも思いのほか頑張って我慢してたんだなと呑気に思った。
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