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 彼女の回答は意表をつくものだった。 「わからないの」 「え」 「自分でもよくわからないの。当たり前だと思ってるだけで」  それはさすがに納得がいかなかった。 「でも、司法を守りたいとまでいうのだから、何か具体的な信念というか、理由があるんじゃないんですか」 「うん……」  彼女は訊いてほしくなさそうだった。俺は、自分の立場ではそれ以上は訊けないと悟った。彼女の悪意のない拒絶が静かに心に堪えた。兄貴は、知っているんだろうか、知っているんだろうな、夫婦なのだから。俺の踏みこめない領域、二人と俺との間の線引きをはっきりと感じる瞬間だった。ときどき訪れるやるせない瞬間。  そろそろ兄貴が帰宅するかもしれない。俺は「じゃあ、そろそろ」と切りだし席を立った。由子さんも引き留めない。もちろん、俺に気を使っているのだろう。  今日は由佳のところに行こうかな、とふと思ったが、首を振ってやめにした。彼女に悪いことをしている。そろそろ、彼女との関係を考え直さなければならない。そうでないと、彼女にも、そしてなぜか由子さんと兄貴にも悪いような気がした。ずるずると自分を甘やかすために由佳に甘えるのはもう、清算しなければ。  
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