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 親父は俺を車に乗せて出発した後も、ずっと黙っていた。そんなことは滅多にないので、だんだん怖くなってきた。心細くて、兄貴が一緒にいてくれたら、とばかり考えていた。  実家に着くと、親父は俺を母屋ではなくあの蔵の方にまっすぐに連れて行った。ポケットから鍵をとりだし、蔵の錆びついた扉を開ける。俺は、この蔵の鍵を親父が持っていることに驚いた。そして、かつては近づくだけで怒られたというのに、今は中に入れと促されている。  扉のきしむ嫌な音が心臓に響いた。俺は、親父に背中を押されて真っ暗な蔵の中に足を踏み入れた。それから先のことは、秘密にしなければならない。ただ一つ、俺が「一子相伝」の奥義を、兄貴を差しおいて受け継ぐ羽目になったことだけは確かだった。そしてそのことは、他人はもちろん、家族にも絶対に秘密にしなければならなかった。  5日目に家に帰った俺と親父を、お袋と兄貴は笑顔で出迎えてくれた。久々に家族で夕飯の食卓につく。二人とも、何も訊かない。どこへ、何をしに行っていたのか。本当は訊きたくてしかたがないに違いない。けれど、お袋はテレビを見て笑ったり、兄貴はバスケの話をしたり、二人ともどこか不自然なほどに普通だ。俺は寒気がした。夕飯を食べ終わると、早々に自室に引っ込んだ。  兄貴は、もう勘づいているに違いないと俺は悟った。兄貴は長男として、内心ずっと「一子相伝」を気にかけていたはずだ。しっかり者の兄貴だからこそ、責任感を持って何かを覚悟していたはずだ。だが、親父と俺の謎の外出。それが何を意味するのか、頭のいい兄貴が気が付かないわけがない。  俺は小さく震えた。これから兄貴にどう接したらいいんだろう。兄貴に対し、隠しごとをしなければならないとは。俺は子供のころからずっと、兄貴を慕い、頼りきっていた。そしてそれはいつまでも続くと思いこんでいた。なのに、こんな形で突然に破られることになるなんて。  
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