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 別人を見るような目で俺は兄貴を見ていたと思う。兄貴は少し頬を赤らめている。俺が思いもかけなかった表情だ。俺にとって兄貴は、何でもできる完璧な存在。子供のころからずっと、兄貴は俺にとってだった。その兄貴が、今目の前で、初めて恥ずかしそうな笑みを浮かべている。  考えてみれば、兄貴に彼女の一人や二人、いない方が不思議だった。兄貴はお袋に似て、整った顔立ち、その上成績優秀でスポーツマンで、何よりしっかり者で優しい。女にもてないわけはないのだ。けれど、それまで兄貴にそういう話は聞いたことがなかった。俺が子供だから、あえて話さなかっただけなのか。 「へえ、知らなかったな。いつから付き合ってんの?」  俺はいちばん訊きたいことをそのまま口にした。 「1学期の終わりころから、ね」  そんなに長い付き合いではないらしい。 「親父とお袋には、紹介しないの」  俺は尋ねた。家で話題にしていいものかとふと疑問を抱いたのだった。 「ああ、父さんと母さんには、もう少したったらね。せめて大学生になってからかな」  兄貴はあまり乗り気でない口調だった。岡本由子さんも、異存はないようにうなずいている。その言葉と彼女の雰囲気から、俺は二人が将来を含めて、まじめに付き合っていることを悟った。 「彰、席ないの? ここにもう一つイスを運んでもらうか」  兄貴がようやく気付いて言ったが、俺は辞退した。いくらガキの俺だって、二人の邪魔はしたくない。 「彰くん、いつも彰くんのことは翔から聞いてる。今度また、会いましょうね」  由子さんがねぎらってくれた。俺は、由子さんの顔をまともに見られないまま、ぎこちなくうなずき、逃げるような気持ちで、雨の降る外に飛び出していった。  
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