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 兄貴に、もう一つの変化が現れた。受験間近の時期になって、志望を変更したのだ。ずっと兄貴は法学部を目指していた。それは優秀な兄貴にふさわしいものに思えた。けれど、いざ願書を出す段になって、国立も、滑り止めの私大も、すべて文学部に切り替えたのだ。  親父は兄を呼び出してその真意を質したらしい。しばらく、親父の部屋で二人きりで話していた。部屋から出てきたとき、兄は浮かない顔をしていたが、いったん決めた進路変更を覆すことはなかった。そして、兄は難関国立大に合格した。  俺はというと、兄貴の特訓の甲斐あってか、及びもつかないと思っていた偏差値の高い進学校に行くことになった。親父はことのほか喜んだ。俺は複雑な気持ちだった。本当は、思う存分剣道をやりたい希望も残していたから。  兄貴は、大学進学後数か月で、自分で生活費を稼ぐことを条件に、家を出た。引っ越しは俺も手伝ったが、いかにも安アパートといった感じの部屋で、壁は薄汚れていた。でも、兄貴はとてもうれしそうだった。こんな解放感に満ちた兄貴を、俺は初めて見たかもしれない。由子さんも手伝いに来ていた。二人は、すっかり気心の知れた恋人同士だった。俺は、兄貴が一人暮らしを選んだ理由を悟って、胸がつんと痛んだ。驚いたことに、由子さんは兄貴と同じ大学の法学部に進学していた。とんだ才女らしい。兄貴にお似合いだ。
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