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 兄貴は家を出ると家族と疎遠になった。俺も、兄貴のアパートを訪ねる気にはならなかった。兄貴に会いたい気持ちはあったものの、うっかり訪ねて、また由子さんに遭遇するのが怖かった。勉強の方は、兄貴に教わらなくても今は自分でできる。剣道に注いでいた情熱を、強引に勉強に切り替えた結果、俺の成績は高校の中でもトップクラスになっていた。親父は、兄貴の代わりに俺に法学部を受験しろと言い出すかもしれない。気は乗らないが、それでもいいと思い始めていた。  だが、俺のそういう諦めに似た境地も、杞憂に終わった。親父が急逝したのだ。会社でいきなり倒れてそのまま還らぬ人となった。脳出血だった。俺は、悲しさよりも先に、いったいどうしたらいいのか見当もつかず、呆然とした。ショックを受けたお袋も動こうとしない。そんな家族の窮地を救ってくれたのは、やはり兄貴だった。知らせを受けて飛んで帰ってきた兄貴は、お袋を励ましながら、てきぱきと指示を出し、通夜から告別式まで、すべてを取り仕切って、無事終わらせてくれたのだ。俺は改めて兄貴のすごさに感嘆した。兄貴にしても、初めての経験だったのに、動揺することもなく完璧にこなした。  そして思った。  なぜ親父は、兄貴でなく俺に、あの奥義を受け継がせたのだろう。もはやそれは疑念といってもよかった。親父がこんな形で亡くなってしまった今、あの秘密を知っているのは、俺だけになってしまった。俺には、それがとても重くのしかかっていた。せめて、兄貴にそれを打ち明けることができたら!
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