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 それから5年が経った。俺は23歳、兄貴は26歳になっていた。兄貴は大学を卒業すると、すぐ由子さんと結婚した。由子さんは兄貴に似たところがあり、しっかりもので気立てがいいときている。お袋も歓迎した。親父を亡くしてからふさぎがちだったお袋は、今は孫の誕生を今か今かと待っている。それが由子さんの負担にならなければいいが、と俺は密かに心配している。  兄貴は大学に残って、西洋哲学史の講師の職にありついた。今更ながら、兄貴が本当にやりたかったことはそういうことだったのか、と俺は驚いた。実は、兄貴のことを何も分かっていなかった。いや、兄貴がずっと親父の期待に応えるようにふるまい続けていたから、家ではおくびにも出さなかったのに違いない。ある意味、あの事件は本当の兄貴を解放したのかもしれなかった。  俺は、法学部に進学して、かなり苦労して弁護士になった。子供のころの俺からすると、信じられないことだった。ちなみに、優秀な由子さんも弁護士になっていて、なぜか俺たちは同じ弁護士事務所に勤めることになった。由子さんと顔を合わせるのは、うれしいような、苦しいような。でも、俺もそのころには一人前に付き合っている彼女もいた。明るくて、優しくて、かわいらしい。俺には過ぎた恋人だった。
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