国語準備室

6/8
前へ
/18ページ
次へ
 控えめなノック音がして、俺はどうぞと声をかけた。  遠慮がちに扉が開き、顔を覗かせたのは田中先生だった。 「ああ、白石先生。ここにいらしたんですね」  柔和な声にほっとして、肩の力が抜けた。知らぬ間に体のあちこちが強張っていたことに気付く。 「さっきまで、生徒の相談に乗っていたんです」 「そうですか」  田中先生が部屋の中に入ってきた。後ろ手で扉を閉める。 「なかなか職員室に戻ってこないから、ちょっと心配してたんですよ」 「そうでしたか。わざわざすみません」  田中先生は扉の前から動かずに、目を細めた。 「白石先生、何かありましたか?」  目が泳いだ。 「どうしてそう思われるんですか?」 「いつもだと『ありがとうございます』と仰るのに、今回は『すみません』だったので」  そこまで俺のことを見てくれていたのか。口が半開きになる。 「生徒に告白でもされました?」  田中先生がにこやかに言う。目を見開いたまま動けなくなった。俺は今、とても間抜けな顔をしていることだろう。  おや、と田中先生が首を傾げる。 「冗談のつもりだったのですが。もし心配事があるのならお聞きしますよ?」  田中先生は、「辞書取りに来たんだった」と呟きながら壁際の本棚に足を向けた。  きっとそれは目的ではなくて、俺に話しかける隙を与えるための口実なのだろうと思う。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加