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控えめなノック音がして、俺はどうぞと声をかけた。
遠慮がちに扉が開き、顔を覗かせたのは田中先生だった。
「ああ、白石先生。ここにいらしたんですね」
柔和な声にほっとして、肩の力が抜けた。知らぬ間に体のあちこちが強張っていたことに気付く。
「さっきまで、生徒の相談に乗っていたんです」
「そうですか」
田中先生が部屋の中に入ってきた。後ろ手で扉を閉める。
「なかなか職員室に戻ってこないから、ちょっと心配してたんですよ」
「そうでしたか。わざわざすみません」
田中先生は扉の前から動かずに、目を細めた。
「白石先生、何かありましたか?」
目が泳いだ。
「どうしてそう思われるんですか?」
「いつもだと『ありがとうございます』と仰るのに、今回は『すみません』だったので」
そこまで俺のことを見てくれていたのか。口が半開きになる。
「生徒に告白でもされました?」
田中先生がにこやかに言う。目を見開いたまま動けなくなった。俺は今、とても間抜けな顔をしていることだろう。
おや、と田中先生が首を傾げる。
「冗談のつもりだったのですが。もし心配事があるのならお聞きしますよ?」
田中先生は、「辞書取りに来たんだった」と呟きながら壁際の本棚に足を向けた。
きっとそれは目的ではなくて、俺に話しかける隙を与えるための口実なのだろうと思う。
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