国語準備室

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「え?」  俺は瞬きを繰り返した。 「どちらかを選ばなきゃいけないのでしょうか? 教師を続けながら夢を追いかけることはできませんか? ほら、今は色々と自分で発信できる時代でしょう?」  田中先生が外を見て、目を細めた。 「悩む、迷うというのは、選択肢があるからです。それは白石先生が若い証拠。子供たちを見てください。沢山の選択肢がある。どれを選ぶかは彼ら次第。そういう意味では、白石先生だって青春真っ盛りだと私は思います」  田中先生は俺から離れると、そのまま部屋を出ていこうとする。思わず呼び止める。 「先生。辞書はいいんですか?」  夕日に照らされた田中先生の耳が赤く染まっていた。 「そうでした。最近物忘れがひどくて困ります」  田中先生は本棚から辞書を抜き取ると、再び扉に手をかけた。 「若者よ、大いに悩みなさい。私は白石先生がどんな選択をされたとしても尊重します」  俺に背を向けたまま言うと、返事を待たずに立ち去った。  窓に目をやる。染川と会った時よりもオレンジ色が深まっていた。一筋だった雲の傍に、もう一筋、雲ができている。しばらく見ていると、二つが溶け合い、一つの大きな塊になった。  俺は窓の桟に腕を乗せ、呟く。 「青春、か」  カキーンという甲高い音が聞こえ、白球が茜色の空に打ち上げられた。
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