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「頑張ります」
俺が答えると、田中先生は声を上げて笑った。
「顔が強張ってますよ。大丈夫。一年目なんて、失敗するに決まってますから。そのために私がいるんです。安心して失敗してください」
「ありがとうございます」
声が震えた。俺は深く頭を下げた。
「やめてください、白石先生。私が泣かせたって噂されます」
引き出しを開ける音が聞こえる。続くのは、カシャカシャという柔らかいプラスチックが擦れる音。
「顔上げて」
言われた通りにすると、田中先生が何かを口元に近づけてくる。
「はい。どうぞ」
唇に物が当たり、反射的に口を開いてしまう。口の中に放り込まれた物は甘い。
これは……苺味のチョコレートか。
「甘いでしょう? これ好きなんです。元気出してください。明日からが本番ですから」
田中先生は笑いながら立ち上がった。持っていた包み紙を握りしめる。
「さて。私ももうひと頑張りです」
田中先生は包み紙をゴミ箱に捨てると、マグカップとスティックコーヒーを持ち、ポットに向かっていった。
……あれ。俺、おじさんにあーんされた、よな? しかも既婚者の。
慌てて周りを見回すが、俺を見ている先生はいなかった。
誰にも気付かれていませんように。
祈りながらチョコレートを噛み砕いた。
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