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「羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない」
いつもそうだった。俺が音読をする時や、HRで話をする時、染川は俺のことをじっと見てくる。
値踏みされているような、何かを訴えかけてくるような、そんな視線に、俺は一抹の不安を抱いていた。
「何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云う災がつづいて起った。そこで洛中のさびれ方は一通りではない」
もしかして染川は俺のことが好きなんじゃないか。そうだったらまずい。何か勘違いさせるようなことをしてしまっただろうか?
生徒からの好意を受け流しつつ、教師として仕事をするのは、一年目の俺にとってかなり難易度が高い。ただでさえ普段の仕事も覚束ないのに。余計な心配を増やしたくない。
思い過ごしかもしれないが、自衛するに越したことはない。とにかく二人きりになるのは避けなければ……。
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