かくしごと

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 隠しごと…あるよ。  私の職業は会社員。小さな商社で貿易事務を受け持っている。  雇用形態は正社員、完全週休二日制、勤務時間は平日9時から17時、基本的に残業なし、基本給は…言わなくていいか。たぶん同業の平均より少し低いと思う。何しろ小さな会社だからね。  基本的に残業なしっていうのは、日によって繁忙と閑散の差がありすぎるから。多少やり残しても定時に帰るのがポリシーだけど、そうもいかない日もたまにはある。  繁忙と閑散の差は、その日に届く海外取引先からの書類の量と件数によって生まれる。  大手や中堅商社なら毎日うなるほどの件数があって、担当者は黙々と処理し続けるのだろうけど、弊社のような零細だと担当は私しかいない上に、届くときは複数の取引先から山のように届く。そして届かないときは全く届かない。  山のように…と言っても近頃はメールに添付されるのが常だから、物理的に書類のやまを築くのは、プリントアウトしてからの話だ。  とにかく、届いてからはべらぼうに忙しい。積載の多寡にかかわらず、ほぼ同じだけの手間が一件ずつにかかる。購買担当が交わした契約書との照合に始まって、保険の加入、積荷の情報入力、通関業者や配送業者への作業依頼、入港および通関予定の確認、顧客への予定連絡…etc。  作業の進捗とともに私のデスクまわりはどんどん散らかっていく。  これらが終われば、積荷が日本国内の港なり空港なりに到着するまで、もっと言えば通関の許可がおりるまで、思いっきりヒマになる。  ヒマって言い方はよくないな。落ち着くとか手が空くに言い換えよう。  で、入力作業やファイリング、各所への連絡などが一通り終わっても、私はデスクを散らかしたままにしている。  この状態をキープしつつこっそりネット検索や、Excel、Word、果てはメモ用紙を駆使して、別の作業をする。  この作業こそが、隠しごとだ。  なぜなら、私の本業は小説家。別の作業=執筆。  今はとある妄想コンテストにむけて短編を書いている。  ちなみに正社員として働いているのは、リアル社会の組織の中に属しているという肌感覚を失わないための、いわば「世を忍ぶ仮の姿」…だったらいいけど、実は食い扶持稼ぎのため。ぶっちゃけ、小説での収入は、ない。  アイデアを思いついては、ジャンルや傾向に応じて、様々なSNS、UGCに投稿を続けている。  ひとつのつぶやき、ひとつの妄想、一枚の写真や絵に対する感想が、バズったり出版に結びついたりスポンサーがついたり…そんなことが私の身にも起こりますようにと念じつつ。  私の本業は小説家、生業は貿易事務。  隠しごとは、書く仕事。
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