⑭ 時が止れば良いのに

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「優しき愛(君を愛す)」だ。  男はピアノ演奏に合わせて何故か「G線上のアリア」を口ずさんでいた。  内心その器用さ(と言うべきか)に驚きを隠せない。  優雅な指の動きに見とれた。  柔らかく清らかに響く音に心が洗われる。  男の奏でる伸びやかな旋律に脳から溶けていきそうになる。  本当に習わなかったのだろうか。  テンポも正確だ。  それとも何をさせても人並み以上に熟すのだろうか。  二、三分程度の短い演奏時間はあっという間に終わり、鍵盤から手を下した男は一人拍手をする。  余韻に浸っていた錦はその乾いた音に我に返った。
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