⑭ 時が止れば良いのに

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 置き去りにされるような寂しさが指先を鍵盤に貼りつけた。  鍵盤に手を乗せたまま俯く錦の髪と頬を撫で続ける。 「そんな切なそうな顔されると、困るな。君に悪さしたくなる」 「……終わるのが、惜しい」  そして、こめかみに柔らかい唇が触れた。 「?? 今、何」  男は笑いながら鍵盤を占領する。  何をした貴様と続けようとしたが、男の奏でるメロディーに口を閉ざす。  多少アレンジを加えながら流れるムーンリバーに、通行人が足を止める。  淡く笑みを浮かべる唇が小さく、メロディーに合わせて歌を口ずさむ。  甘美な音色に錦は夢心地になり耳を澄ませた。  ―――時が止れば良いのに。  そうしたら、男の側にいることが出来る。  瞳を閉じて、男の奏でる音を取り零さない様に拾い集めた。
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