⑭ 時が止れば良いのに

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「――そんな悲しそうな顔されたら罪悪感で夜寝れなくなるよ」  演奏が終わっても、散歩から帰りたがらない犬の様にピアノ椅子から離れようとしない錦の頭を撫でる。 「何か弾く? 連弾できそうなの何かあるかな? 僕としてはラッキー助平的なハプニングが起こる様なやつが良いんだけど」  意味は分からない。  恐らく何らかの事故的な偶然で、接触が出来たらと言う男の冗談だろう。 「別に、そんな偶然装わなくても触りたいなら触れば良い。あまりベタベタされるのは好きじゃないが、頭を撫でたり抱きしめるくらいなら別に構わない。今なら許しても良い。言い換えれば今しないなら今後もう機会は無いと言うことだ」  夜の暗がりなら勇気を出して言うことが出来ても、 こんな明るい互いの顔が見える場所で、今すぐ抱きしめろだなんて言えるはずはない。  男が暗闇に突然照明を当てられた猫のように目を丸める。
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